17 吸血鬼の城
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[彼女は記憶を取り戻してしまったのか
あれほどに血を幾度も交わしたのに
あれほどに魅了し縛り付けておいたのに
今度こそ
全てを忘れるほどに、血を交えねば――
毀れる心理が
永遠を生きる純血たる城主の孤独と絶望の深い闇が
甘美な甘さを伴い、目前の青年へと流れ込む。
ヘクターが見た片鱗よりも、濃密に
伝えるのは
この世の果てにある光景]
――旦那様、
そちらの方のご友人達が……
「お友達に会いたい」
と、そのように仰っていられるのですが、
如何なさいましょう?
名を……
呼んではいけなかった……?
[闇の帳が下りる白薔薇の庭園でその名を教えられながらも
この城に来てからは呼ぶことの無かった名を紡いだ女は
城の主に微かな聲で問う]
――…嗚呼、件の二人か
構わぬぞ?
あれは黒薔薇が部屋へ連れて行った。
[未だ目覚めの聲は聞こえて居ない]
……お前は、最早私の手を離れたのだな。
[妹として傍に置いた娘が
己の名を呼び、対等に聞こえる位置から問いかけてくる。
其れがどういうことなのか
終末を感じ、聲を投げた]
好きに呼ぶが良い。
お前を咎めるものは、最早此処には居らぬ。
――…私のローズ、とは
もう呼んでは呉れないの?
[妹であった頃よりも柔らかな聲で城主に問う]
嗚呼……、尋ねてばかりね。
子供みたいだと呆れられてしまうかしら。
[別段対等を望んだわけではなく
ただ名を呼びたかっただけ]
貴方はこれまでも咎めなどしなかったじゃない。
お前は、ローズマリー
私のローズは、もう居らぬ。
[低く冷たく突き放す]
……そうか?
嗚呼……そうだったかもしれぬ。
咎めるようなことなど、しなかっただろう
ただ一度を除いて。
[薔薇は2人のこえを聞きながら]
[あらたな眷属の気配に、そっと囁く]
おはようございます。
ご気分は如何?
[耳元を羽でくすぐるような囁く]
ああ、あなたのお友達が
あなたのことを心配なさって、
お部屋へと向かわれたことか、と。
――――喉は 渇いては おられませんか?
[傍にいるわけでもないのに聞こえた囁きにはっとする。]
……僕は……
[今の気分など……こんな気持ちをなんと言い表せば良いのだろう。]
――…私は、もう必要ないの?
[十二年の記憶も確かにあるというのに
居ないといわれた女は途惑う]
お兄様、と呼ぶべきだったの……?
ずっと、思い出さずにいるべきだったの…?
[縋るような聲が城主に向けられる
ただ一度を除いて、その言葉の意味が分からず
女は柳眉を寄せた]
お前に紡いだ夢は消えたのだろう?
思い出したのならば何処へなりと
お前の望む場所へ行けばいい。
日の下に出ることは叶わぬが
もうお前を縛るものは何も無い
[柳眉を寄せるローズマリーの姿が目前にありながら
城主は彼女を見ようとしない]
――…嗚呼、目覚めたのか……ベネット?
[新たな聲。彼に対する白薔薇の語りかけに薄く笑みを零した]
2人が、ここへ……?
[起きたばかりで混乱していたのと、強烈な喉の痛みでいままで気がつかずに居られたのに、指摘されて気がついた喉の渇きが襲ってくる]
……っ。
[今は、不味い。2人を、部屋に入れないようにしなくては――]
夢は消えていないの。
お兄様と呼んだことも
此処で暮らした日々も覚えているのに。
失くしてなどないのに……。
私が望んでいるのは貴方の傍なのに。
他の場所など望んでないのに。
[震える頼りない聲が城主へと向けられ]
――ええ、お二人も。
よろしかったですね、
どちらから先にいただかれるのです?
ああ、殺してしまうのがお嫌でしたら、
すこしだけいただけばよろしいのですよ。
――ご友人なのでしょう?
きっと喜んでご提供くださいますでしょう。
もっとも、加減を損なうと――
命までいただいてしまうことになるやも、しれませんが。
[白薔薇の囁きは渇望を煽るように、
ねっとりとその耳元に、響く]
……可笑しな事を言う。
ローズマリー
[溜息と共に囁きが落ちる]
縛り付けられる生活に未練があるのか
未だ私の傍を望むのは
此処ならば途切れぬ贄が届くからか?
ならば今まで通り宴を開くが良い
お前を城主とし、この城を任せてやっても……
いた、だく……?
[ぎり、と唇を噛む。少しだけいただけばいいと、その言葉が余計に渇きを酷くする。けど、加減の仕方なんて分からない。忘れようとしても白の薔薇の言葉はどろりと耳に絡みついたように耳に残っていて]
……嫌だ、血なんて飲むもんか……!
あの二人は咬みたくない……!
[確かに城主の甘い囁きは女を縛っていた。
けれど女はふるふると首を振るい]
縛り付けられる生活だなんて思ってなかった。
贄が欲しくて傍にいたいんじゃない。
違う、違うの……。
ヴェスパタイン、貴方が居るから……
貴方と一緒に、居たいだけ、なのに……
[如何すれば伝わるだろう。
頑なな心に向き合う聲には切なるものが混じり]
[咬みたくないと頑なに拒む新たな眷族の聲
其れを心地良いと感じる事で幾らかの余裕が生まれる]
失った記憶を取り戻してなお
私の傍に居たいとは酔狂な事だ。
其れが望みなら
傍らで咲き続けるが良い
――…白の薔薇と共に
[切なる聲に、城主は顔を歪めそう告げた]
あの2人 は?
―――ならば、誰ならよろしいの?
[くすりくすり と それは哂う]
好きだから傍にいたいの
[女が城主に抱くのは恋心ではなく
それよりも深い情愛。
仮令それが伝わらずとも――]
愛しているわ
[漸く口に出来た言葉に
女は綻ぶような笑みを城主に向けた]
……あ、
[「誰なら」そうだ。誰なら良いというんだ?自分はあの二人以外ならどうでもいいと、そう考えていた……?先ほどまで思っていたことに愕然とする。]
……それ、は……
[誰も咬みたくなければこの渇きに絶えながら餓死でもするか、或いは殺されるかするしかない――]
[腑に落ちぬ顔をする]
あいしている……か
[戯れに人へ向けたときに、あの記者は何と言っていたか]
私は……何かを失ってまで得たいものか?
そのような強い執着心を与える気でいるのか
私には
解せぬな。
――…執着じゃない。
これは想いよ。
貴方に喜んで欲しい。
貴方に笑っていて欲しい。
貴方に、しあわせになって欲しい。
[純血の魔性である城主に
それを望み伝えるのは難しい事かもしれない。
それでも伝えようとするのは深い想いゆえに]
其れは私には存在せぬもの。
……私を喜ばせたいならば、ひとの絶望をもっと此処へ
私の笑みが欲しいなら、ひとの恐怖をもっと見せてくれ
私の幸せは
人々が苦しみもがく姿をこの瞳に映しながら
其の血を啜ること
[ひとと魔は相容れぬもの。
望む愛を手に入れたらしいのに
期待していた満足感が得られない。
胸に篭る靄が――目前を曇らせる]
――あの2人でなければ、
誰がよろしいのでしょう。
ほら、耳を済ませてごらんなさい。
ちかくに他の人間の気配はありませんか?
……もっとも、あなたのすぐ目の前に
甘い甘い血の芳香を漂わせている方がいるのでしょう?
とても、とてもいい匂い……
[渇きを誘うように、囁いて囁いて]
――…嗚呼。
分かっていたけれど……
貴方はまた難しい事をいうのね。
……私が人の侭であれば
貴方を喜ばせられることが出来たのかしら。
[悔いても時間は戻らない。
悔いてしまうのは記憶を取り戻してしまったせいか。
思い悩むように柳眉が寄せられた]
[囁く白薔薇の聲が心地良い。
魔とは本来あのようであるものだ
同胞を唆す彼の聲に安堵を覚える]
……もう一度人に戻る事など、不可能だ。
知っているだろう。
[柳眉を寄せた相貌を間近に見ながら]
――ベネット
さあ、そのものの首へ喰らいつくが良い
乾きは血をもってしか、抑えられぬ
[城主の聲を新たな眷族へ送る。
己の血が彼の内側でざわめき立てるように]
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