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メモを貼った。
― 少し前・グロリアの部屋 ―
……アンタはよく分からんのにこんな酔狂をしでかしたのか
[
嫌がらせ、と言葉が続けば]
ああ、そう
そりゃー効果覿面だよ、どーもありがとうございました
[吐き捨てて。
しかしどうも腑に落ちない。
明らかに周囲の女性たちの目は鋭くなっているし、単なる嫌がらせにしても……]
……捨て身すぎるだろ
[呟いた言葉は恐らく誰の耳にも入らなかっただろうが]
― 少し先・??? ―
[ぼんやりと。
意識が覚醒する。痛覚も何もない。
此処は一体何処だろう。胡乱に視線を動かした先にあったのは、かつて自分だった物]
……ああ、死んだのか
[死後の世界など信じた事はなかったが、いざその身になってみると驚くほど腑に落ちた。
自分がどうやって死んだのか。そこにある『自分だった物』がどんな状態なのか。
思い出せず、上手く見えないのは死んだばかりで何かが安定していないのか、それとも永劫このままなのか。
既に重力の影響を受けない筈のその身体は、鉛のように重かった。
二度とこの島から逃がさない、とでも言っているように]
[先にこちらへ来ている筈の淑女の姿は、ない]
……?
[違和感を覚えて首を傾げた。
グロリアがいない事実に、ではなく、自分の精神、心の在りように]
……ああ、そうか
[抜けている。
ダンピールをダンピールたらしめる能力と、衝動が。
恐らく、それらは現世に置いてきた身体にあるのだろう。
あの衝動が、あの能力が血の中にあるのなら。
血の流れぬ身体にそれらがないのは道理だ]
……死後なんてモンがあるなら
俺は間違いなく地獄行きだと思ってたけど――
[なるほど、これは確かに――どうしようもない地獄だ**]
メモを貼った。
メモを貼った。
─どこか─
[背中が痛む。
覚えのある背中の痛みに、男の身体の重みを受けて身じろぎ出来ない自分の身体。
記憶の中の目覚めなのか、それとも二度目の最期の感触なのか判らないまま、自分に起きた事を思い返そうと霞の様に朧で、けれどもきちんと思い出せる記憶を手繰る**]
― 現在・どこか ―
…………
[周囲の彼らの言葉を聞く限り、自分が彼らに殺された事に間違いはないと思うのだが。
やはり死の間際の光景は思い出せない。
サミュエルの奇行を咎めた自分の言葉。そこで記憶が途切れている。
自分の遺体――依然よく見えないが、多分――に向かうサミュエルの呟きに
誰に理解されるとも思ってない、って言ったじゃん
それに――今の俺はもう感覚も思い出せないよ
[ダンピールを構成する要素が抜け落ちた今、その感情は恐らく彼らが感じたように不気味で業の深いものに思えた]
……?
[ふと声が聞こえた気がして、振り返った。
リビングの方向。確かに同類である彼の声だと思ったのだが、そこに彼の姿はない。
同じ方向にある彼の気配と、吸血鬼の気配。
それの一つが失せた。
それと同時に、願うような彼の声も聞こえる]
幸せ、に……?
[その方向には二人分の気配しかない。
そもそも、この島にいる面子はあの二人を除いて全て此処に揃っている。
ならば、彼が幸せを祈った先にいるのは。
――驚いた。
其処に至るまでにどんな道があったのか知らないが、彼は殺される側の為に殺していたのか。
ただ自分の為に灰の山を作り上げたフィリップとは異なる価値観。
同種の生き物であっても、個体ごとに考え方は異なる。
そんな当たり前の事を、フィリップは死んでしまってから知ったのだ]
[羨ましかった。
彼に――というか、誰かに幸福を祈られながら死んだマドカが。
自分がこんな結末を辿ったのはどう考えても自業自得だと、痛いほど理解していても。
続くサイラスの言葉には、届く筈もない返答を]
……ほんとにね
アンタともっと話しておけば良かったよ
誰が殺してたっていいさ、サイラスさんが生きていくのには関係のない事だよ
……俺もよく覚えてないし
[今更会話を重ねたところで何の意味もないのだが。
他にする事もないし、一人遊びを続ける事に――
したのだが、続く言葉はあまりに衝撃的で。
孤独の色と安堵に混じった『お前』は、自分を指す言葉なのかと狼狽えた。
他の思い出深き存在の事かもしれないが、聞き返そうにも声が届かない]
……そりゃ、俺たちが行き着く先は同じだろうけどさ
アンタはまだこっち、来なくていいよ
この身体動きにくくてしょうがねェや
[人の身であったなら、まだ涙も零せただろうに]
メモを貼った。
[死んだ場所に、自分の魂はあった。
ならばあの世話焼きの、少女のような女性が目覚めるならあちらか。
重い足を動かす。言葉を交わせる存在に会いたかった**]
[押し倒されるのは正直嫌いだ。
いくらか年月が過ぎたというのに、自分が人としての生を終えたこと、人としての理性を喪ったこと、そうして吸血鬼として二度目の生を受けたこと。
微睡みのままに止まった呼吸を戻し、そうして霞む視界で見えた顔見知りの青年を思い出す。
辺りは自分のものと、自分が刺殺した者の血の匂いにまみれ、そうして馬鹿な男達の脳髄を軽くイカレさせたシンナーの匂いが充満していた。
そんな目覚めを思い出させる]
[まどか、まどか……っ
痛みの伴う微睡みと、強く身体を押さえつけられる痛み。背中が痛むのは山小屋の床に押し倒されただけではなく、そこに人としての生を負えさせた致命傷を負ったから。
獣欲のままに呼ばれる名前は、なんとおぞましかった事だろう。
それでも、霞む視界の中。
自分の名前を呼ぶ幼馴染みの青年に両腕を伸ばし、その首に絡めた。
私は知らず笑っていた。シンナーと周囲に転がる死体と、そうして殺した女に縋る頭のイカレた男は殺した筈の女の腕が伸びている事に気づかずに。
そうして覆いかぶさる男の首筋を、吸血鬼としての生を受けた衝動のままに、かぶりついた。
それが、吸血鬼としての目覚め]
─灰になるまで─
[一瞬何が起きたか理解出来ずに、背中に感じた床の感触に私はあの忌まわしき目覚めの時を思い出した。
けれども今自分の身体を押し倒しているのは、グロリアの邸に行く船で出会った青年
吸血鬼だと思い、もしかしたら自分を脅かす存在かもしれない、そんな相手。
サイラスは何て言っていただろう、どうしてこんな事になっているのだろうと、呆然と見上げながら記憶を整理する]
[サイラスは少し疲れたと言う
何の為に、か。……それこそ、何の為の質問か判らないよ。
[若い頃の話だ。
人の道を外れた事に私は絶望した。
人であった最期の時には、自分の身を守る為とはいえ親にも弟にも顔向け出来ない事をしている。
無意識のままの吸血行為によって、更にもう一人殺した。
そんな目覚めに絶望しながら、それでも私には未練があった。
家族に、そうして普通に能天気に笑う少女の頃に。
それすらも、この吸血鬼という新たな生は邪魔をして。
珍しく膝の上で甘える弟の首筋に、牙を突き立てたい衝動が湧いたその時、私は改めて己が呪われた身体を持って息を吹き返してしまった事を自覚した]
[家族を捨てなければならない、日常を捨てなければならない。
私はもうとっくに人でなくなったけど、人であった頃の私は間違いなく、家族もその日常も愛していた。
生まれたての激しい衝動を、人であった名残の理性で駆逐して。
そうして家を出る私に手を差し伸べてくれたのが、通学途中の古本屋で働いていた異国の青年だった。
私の生の年数からしたら付き合いは短いけれども、確かに『連れ』と呼ぶべき存在だった人。
風の強い日、ダンピールの呪詛を受けたその身体の名残は、指先に掠める事すら出来なかった。
だからこそ、この身体に残る存在した証を、首筋の咬み痕を大事にしていたかった。
もう私には、それしか残されていなかったから]
記憶は、生きていれば薄れてしまうから。薄れないものが身体にあるの。
[顔は覚えている。写真も残っている。それは荷物の入ったバッグにいつも入れてある。
だけど、触れた手の温度や、自分を呼んでくれた声や。
首筋に残る傷をつけた時の痛みの感触なんかは、時が経つとともに風化してしまう]
それが、身体に残ってなかったら……。
[こんな生なんて、欲するわけないじゃないか。そう叫びたい気持ちを堪え、曖昧にサイラスの問いへの答えを落とした。
男の耳に、思考に。その答えがどういうものとして伝わったかは判らないけれど]
[自分の問いかけ
気持ちは判らないでもないけど、さ……。
[話をすり替えられていい気はしないと、眉を寄せた。
首筋に伸びてくる手に気づけば、わずかに身じろいだだろう。
けれどもそれは肩を掴まれた事で封じられる
[男の力は、あまりいい記憶に結びつかない。きっと私は眉を顰めながら、それでも『いい人』という認識でいるサイラスに気を緩めていた。
だから、あまり抵抗する気が起きなかった。
それに……]
(火をつけてしまったってコトか、そりゃあ仕方がない)
[
確かに、どういう衝動ゆえの行為かは何となく予想がついていたわけだし]
あげても、いいけど……。
[触れる。サイラスの身体が私の身体を捕らえて、首筋に残された唯一の繋がりにまで
っぁ、お願いだから、……、そこはやめて、よ……っ
[触れる吐息、触れる舌の感触に知らず息が詰まる。
そうしながらも上げた抗議は届かなかったのだと、再度触れるサイラスの舌の感触で理解出来た]
サイラス! っ、サイラス!!
アンタ私の声、聞こえてんの!?
[そう叫んで男を睨もうとした時、降りてきた言葉
『いい人』と認識して、どこかで傍にいる事で心をくつろげていた気がする男。
その男から出る言葉は、まるで吸血鬼の生が間違っているのではないかという様な言葉。
どうやら時が経ち、精神的に老いたと思っていても、私はあの卒業式の帰りの日の甘ったれた女子高生から卒業しきれていなかった様だ]
[背筋に走る嫌な感覚は、あの日、人としての生を終える事になる出来事以上のもの。
精一杯暴れようとしたが、男の力に敵わない事はとうに知っている。
例え吸血鬼になったとしても、身体能力的には非力な少女のままだ。
理解しながら男の腕の中で暴れるが、それは虚しく。
そうして力をかけられたままに床に押し倒されてしまう
自分の身体に伸しかかるサイラスの顔は、恐怖と、それを上回る悔しさで見る事は出来なかった]
離して! もう地獄ならとっくに見てきた!
それでも、それでも……っ
[所詮、普通に育って生きてきた子供の感覚で言う地獄だ。けれどもそれは間違いなく私には地獄の生で。
でも、その中であった確かなぬくもりの時間。その痕跡が残る身体の為に、生きるしかなかった。
縋るものは、それしかないから]
私は、この身体を消したくないの……!
[そう叫んで、ようやくサイラスの顔を見上げた。
何だかやけに視界が霞むと思えば、二度目の死を直感してか、あるいはこの身体に残る人の証を否定された様な気になったか。
あるいは──]
[気づけば、いつ振りか判らない涙が溢れていた。
霞む視界の先に見えるサイラスの表情は、ひどく穏やかな微笑
[
そんな事をわずかに考えた時、
身体が徐々に崩れていく]
(何で……)
[視界がぐんりゃりと気持ち悪く歪むのは、顔から灰になっているからだろう。その最中、見えるのは今にも泣きそうなサイラスの顔だったか。
確かな怒りと恐怖と失望があるのに、その顔に手を伸ばしたい衝動を覚えかけたその時、]
[完全に少女の姿をした吸血鬼は灰と化した*]
─そして現在─
なるほど、そういうこと。
[記憶を掘り起こす作業をようやく終え、クッと
喉の奥で低く笑う。
我ながら随分と間抜けな死に方をしたものだと思い、それでも]
何で泣いてたのよ。ばっかじゃないの。
[ぽつり零せば、そこは自分が灰と化した場所だっただろうか。
どこか間近で、サイラスの声が聞こえた気がする。姿は、私が見たくないと望んでいるせいか見えないのかもしれない。
誰かいるの、グロリア?
[虚しさに唇を噛む気分でいると(もしかしたら実際噛めていたのかもしれない)、ふと人の気配を感じる
フィリップ?
[その姿を見れば、首を傾げて名前を呼んだだろう]
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