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あ う ぁ
[言葉のかわりに呻き声を発し
涙のかわりによだれを垂らし
空虚な部屋の真ん中で
ゆらゆらゆれる 生きた屍がひとり。*]
[ 集まってきた子どもたちは、
皆驚いて目を丸くしていた。]
[ え、なんでぇ?≠ニ、
お隣の息子さんが素っ頓狂な声を上げた。
大学生なんて随分大人びて見えていたけど、
その様子はほんの小さな男の子みたいだった。
ジャーディンも驚いたように、
小さなパイが一切れのったお皿を見てたわ。
興奮した様子で口数が増えた息子さんに、
ご主人が一か八か外に出てみた≠ニか、
運よく野うさぎを捕まえた≠ネんて、
すらすらと無理のある嘘を告げていたけれど、
それが聞こえてたかどうかも怪しいくらい。
じいっと一点だけを見つめ続けていた。]
[ わたしはご主人のついた嘘が、
今にもバレるんじゃないかと心配したけど、
あまりにお腹が空いていて、
細かいことを考えられなかったからかしら。
それとも、本当は何の肉かだなんて、
彼らには思いつきもしなかっただけかも。
さほど気にする様子もなく、
子どもたちは小さなパイをぺろりと食べた。
あっという間に食べちゃったり、
もったいぶるように小さく切り分けたり、
それぞれのやり方でではあったけれど。]
[ 大人たちも静かにそれを口に運んだわ。
……しっかりと味はついていたけれど、
おいしいのかまずいのか、あるいは──、
最後までなんだかよくわからなかった。
皆が食事を終えようとしたころよ。
ふと、息子さんがご主人の手に目を止めたわ。
包帯でぐるぐる巻きにされた父親の手に、
息子さんの表情はみるみるうちに強張った。
父さん、それ──
いや、これは違う。安心しなさい。
捕まえるときに少しケガをしただけだから
そんな会話を最後に、食事の席は解散したわ。]
[ 片づけをしようと席を立ったとき、
ゾーイがジャーディンにじゃれついてたわ。
あの子はそれを少し笑って受け止めていた。
食事中、物欲しげにしていたオッドの喉を、
ウィレムがこそばすように撫でてやってた。
ジャーディンがその様子を見て、
おまえも同じものが食えたらいいのに≠ニ、
少し疲れは滲むけれど穏やかな声で言った。
わたし、ようやく少しだけ、
これでよかったんだと思えた気がしたの。]
[ ああ、犬たちに夜の分の餌をやらなきゃ。*]
【人】 百姓 ワット[健司たちが普段通ってくるであろう、 (19) 2020/10/25(Sun) 20時頃 |
【人】 百姓 ワット[そっと覗き込んだ無人の車の中には、 (20) 2020/10/25(Sun) 20時頃 |
[兄貴をクローゼットに閉じ込めた、翌日。]
……10個。入るかな。
[ありったけの米を炊いて、おむすびを作る。
具のレパートリーなんて残っちゃいないから、
全部に梅干を詰めて塩を振り、海苔で味付けた。
昔、兄貴と旅行に行った時に使った
大きなリュックサックを引っ張り出してきて、
ティッシュやタオルを底に敷き詰める。
そして、ペットボトルに詰めた水数本と、
作ったおにぎりとを詰め込んでいく。
きっと、長い旅になる。
どこかで食べ物を見つけた時用にと、
割りばしや紙コップなんかも、隙間に詰めた。]
[例えば、今日のことを予めわかってたなら
人を好きになったりしなかったんだろうか。]
[リュックサックの中を八割満たしたところで、
次で最後にしようか、と
元帥と言い交しながら、次の家へ向かう。
気が付けば、なじみ深い場所に来ていた。]
ここでさあ
小さい頃、遊んだんだよね。
子供が遊ぶにはちょっと狭いけど
学校がそばにあって、
帰り道の途中で公園によって……
[思い出話をしながら、
真っ白なアパートに入っていく。
…………見覚えのある建物だ。
沙良とその家族が住んでいる場所だ。
歩むごとに口数が少なくなっていく。
それに気づいてか、元帥が「大丈夫か」と
珍しく声をかけてきたから、首を横に振った。]
でも、いかなきゃなんだろ
[ここは、やめてくれ、とか。
そんな事言えるはずもなかった。
どこに物資があるかわからない状態で
えり好みなんかしてられない。
俺は意を決してその一室に入っていく。
――――鍵は、開いていた。]
[まず鼻についたのは、異臭だった。]
[玄関先に女の人が倒れている。
沙良の母親だ。
大昔、おばさん、と呼ばわって、
「おばさんって呼ばないで」と
沙良に怒られたっけ。
優しい人だったから、俺の言葉にもころころ笑って
それが沙良の顔によく似ていたのを覚えている。
手を合わせながら、その死体をまたいだ。]
[リビングに入っていく。
つっかえるものがあったから、
無理やりにこじ開けると、ごろりとまた何かが転がった。
ドアノブを使って男が首を吊っている。
眼鏡をかけた壮年の男性。
沙良の父親だ。
「娘さんを俺にください」って言う妄想はしてたけど
面と向かって話したことは、あんまなかったかも。]
「クシャミ」
……なんすか、元帥
「大丈夫か」
[瞬く。手、と言われて、俺は改めて自分の手を見る。
見た事もないくらいに震えていた。
やだな、と軽薄に回る口を動かして、
いつも通りを演じてみようとするけれど、
やっぱり上滑りで、元帥の目はごまかせない。]
なんでも、ないっすよ
ここ誰もいないみたいっすね
元帥は台所漁っててだにゃー
「嘘ついてんじゃねえよ。
とりあえず他の部屋の安全確保できるまで
お前から離れたりしねえからな」
なにそれ。男前かよ。惚れて良い?
[軽口を叩きながら、
俺は沙良の部屋の扉に手をかける。]
[入ったのは随分遠い昔だ。
まだ俺達がランドセルを背負っていた頃。
うろおぼえだけど
ピンクと水色と白をふんだんにつかった
女の子らしいお部屋だった記憶がある。
入るだけで甘いミルクティーのにおいがして、
女の子ってマジで砂糖でできてんのかなって
錯覚できるような、そういう可愛らしい部屋だった。
この扉を開けたら、変わらない姿の沙良がいて、
昔と変わらない笑顔を浮かべて、
「いらっしゃい、秋くん」って、言ってくれねえかな。
そんなわけねえよな。ウケる。
物音を立てないように扉を開ける。]
[途端に襲い来たのは、
強烈な腐臭と、蠅の羽音だった。]
[可愛いぬいぐるみが置かれたベッドの上に
白と赤と黒でまぜこぜになった何かが転がっている。
それは人間と同じくらいの大きさで、
背格好は男のものに見えた。
もっと言えば、服装は、
俺が殺した進のものと、おんなじだった。
その人「だったもの」の胸で泣くように
誰かが、ベッドの傍でうずくまっている。
泣いているように見えないのは、
強烈な腐臭と共に響く、粘っこい咀嚼音のせい。]
[指通りがよさそうだった亜麻色の髪は乱れて
蠅がまとわりついている。
いつも清潔そうにみえた服に血が滲んでいる。
すべすべだったはずの腕が、
枯れ枝みたいになってる。]
[何。――これは、何。]
う゛
[振り向いたそれと、目が合った。
脳が揺さぶられる感覚。
そいつが扉の前に辿り着く前に、
俺はとっさに扉を閉める。
ばん、ばん、と扉を殴る音が響く。
元帥が太い腕で扉を固定して
鍵を閉めるのが見えた。
我慢できたのはそれまで。
せりあがってきた吐き気をこらえきれずに
マスクを外して、俺はトイレに駆け込んだ。]
[なんで?
沙良の部屋に進の死体がある。
ゾンビになった沙良がそれを食べてる。
なんで?
俺さ、2人の幸せを願って身を引いた筈なんだよ。
片思いこじらせ童貞だって、身の程を知って
進には当たったけど、沙良に恨み言は言わなかった。
なんで?
明日なんかこなければいいって、
そんな罰当たりなこと願ったから、
二人には幸せな明日はこなかったの?
なんで?]
[あの日。進を殺したあの日。
俺が保身にかられて逃げ出さなければ。
沙良を説得していれば。
ああいうことには、なんなかったのかもしれない。
そう思うだけでもう俺は死んでしまいたい。
何が英雄だ。何が。
大事な友達だって好きな女の子だって
誰一人守れやしないんだ。
生きてる価値一番ないやつが
なんで生きてるんだよ。
なんで。]
「クシャミ。……クシャミ。おい、串谷秋!」
[揺さぶられる感覚に我を取り戻す。
珍しく焦った目をした元帥が、
俺をのぞき込んでいた。]
元帥。
[そういえばこいつの本名、知らないんだよな。
って、どうでもいいことを考えた後、
へらりと笑って、俺は声をあげて泣いた。]
[どうすればよかったんだよ。]*
[キャロライナに出会ったのは、実り満ちた畑だった。]
[海を越え、初めて降り立った大地は
写真で見たよりもずっと広く、私は少し辟易していた。
どこかしこ作物が実り、肥料のすえたような匂いがする。
先輩のサポートとはいえ、契約相手の前で
鼻を摘む訳にはいかず、実状確認の名目で
ひとりの時間を得てようやく鼻筋に皺を刻んだ。]
……何もないな。
[ここにいるのは元々大豆かトウモロコシだけで、
賛同する声も、声量を憚る必要もない。
後者は収穫間近で、実った種を青い葉の内に隠して、
白い髭を乾いた風に揺らしていた。
息苦しさなど欠片もしらないような土地に、
息をするのすら躊躇ってしまう。]
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