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―夢―
―――、……
[黒い獏から、遠くを歩く男女の背に顔を向けた。遠い、とおいな。親友(あいつ)は、何にも知らないのだ。しあわせそう。
唇を引き結ぶ。
なんだろう。
なんと、言おう。]
……大切だけど、
悪夢でもある、か な
……俺の中で、だけ。
[ぱたん、ぱたん、左右に揺れる尾は
おれの意思と関係なく揺れるので、始末に悪い。
夕陽が落とす影の下。
立ち上がるのが億劫なわけではない――― が
起き上がらず、のったり
5M近い高さからリツ
うん………
[よいしょ、まあるく腰を折り曲げる。
短い足の裏を、ぽふん、リツの頭にタッチ。]
届いた。
[しかし、バランスが取り辛い、全体的に震えている。]
[夕陽に向かって歩く二人の影は
遠いのに、距離は開くはずなのに、消えない。
此処は夢のなかだから。
しあわせそうな様子は、背中を見ても、分かる。]
遠くに行ってしまうから、?
それとも、一緒に居られないからか。
…… ああいう、風に。
[どちらが、その大切な背中なのか。
確かめるように、黒い目は、まるまる、眺めて。]
うん。
でも、大切な悪夢なら、あの日に食わなくて良かった。
[ぽふ、と
頭を撫でるように触れてくる]
……転げるなよ?
[そ、と。撫でてみる。
うん、なかなかの毛並み。
――店で、エフは聞く、と
言ってくれたから。
俺は、いままでろくに開いたことのない思い出の蓋をじわじわと、開けた]
……俺、 仲いいやつがいて
……そいつに、彼女ができた
そのときのこと、夢に見てる
[掌、と呼ぶより、前足と呼んだ方が良い。
重心を傾けるのも難しくて
ぽん、ぽん、二度リツ
身体を起こすとそのまま引っ繰り返りそうだ。]
………
[転びそうなので返事をしない、素直なおれなので。
撫でる指が心地よくて
バランスも取れなくて、前後にゆらゆら揺れる。
――― それから、身体に比べれば小さな耳を
ぴくぴく揺らして、彼のはなしに耳を傾けた。]
うん。
…… 何時のはなしから、繰り返し、見てる?
あんたは、寂しくてああいう顔をしていたのか。
[返事がない。大丈夫じゃないのか。
ゆらゆらゆれる。そっと支えるように
手を添えたまま。]
――、そう だな
遠くに、 行かれたみたいな。
気持ちに、なった
半年―――いや、もう、ちょっと前か。
[自分の頬に片手を当て、それから胸の前に滑らせて、服を握り締める。]
……情けない顔、してたか
[じわじわと、喉の奥が痛むような感覚。]
さみしい――くるしい。
なんか、どうしようも、なくて。
いまだに、こうして夢に見る。
[俯く。ああ、バーじゃ耐えたのに、泣きそうだ。]
……食べなくて、よかった、っていったけど
あんたに食べてもらえたら、
見なくて、すむようになるのかな……
[前後する身体を腕に支えられて
巨体のくせに、体重を、感じさせない、夢だから。
何処か首だか分からない首を傾ぎ
リツ
眇めた視界に見えるのは、主に頭上だ。]
そういう感覚は、おれも、分かる。
寂しい……… ような気持ちだな。 うん。
[頷き、]
半年。
…… も、ずっと、見てたのか、あんたは。
[人間の半年は短くもない、と、分かるので
すこしおれまで寂しくなって、表情を歪めた。
分かり辛い。]
してた。
[隠れていたから、背中ばかり見ていたが。
夢に生きる以上、なんとなく、理解る。
――― そういうもんだ。]
いまも、苦しい?
[尋ねる声は、囁くくらいの、温度。
鼻先を額の辺り、狙って、押し付ける。
泣きそうな気がして、撫でるんだか、そんな、ぐりぐり。]
これは、リツの夢だから、なあ。
あんたが辛いままだったら
食っても、…… 夢を見たことを忘れる、だけだな。
おれは、あんたが辛くなくなれば良いと、おもう。
……ん
[
変な話、安心する。
大きいのに、夢の中だからか
ふわふわと、雲のように軽いおおきな獏]
みてた
――最初のころより、随分、ましになったけど
[仰ぎ見る獏は
わかりづらいながらも
つらそうな顔をしているように見えた。]
……もう過ぎたことなのに
俺が女々しいだけなんだ
[黄昏の向こう、親友に向けてたのは
こい、だったのだきっと。
気づいたときには何もかも手遅れの。]
――そか
[はっきり言ってくれるから、
いっそ、たすかる。
ぐりぐりと寄せられる鼻先、夢の中だからと言い訳して自分も摺り寄せた。震えた息と一緒に、目じりから涙が伝ったのが、わかる]
……――、忘れるだけか
それじゃ、いみ、ないな
[ごく微か、苦笑気味。小さく、息を吸う。]
[店内はいつもより隙間があった。
優しい悪魔が、新米魔術師のために。
或いは親交の厚い店員の、特別な一夜の為に。
早速、無償で働いてくれたお陰、
だとは気づかぬまま。
これくらいなら、休んで問題なかったかと。
密かに安堵の息を吐く。]*
――つらくなくなる、……か
[額に押し付けられる鼻先、撫でながら
意を決するまでの
長い間のあと]
……、――あんたと、いると
……うれしい
[ぽつりと、俺は。
正直なきもちを、
告げる]
たぶん、
つらいことも、
少しずつ、忘れられる、気がする くらい
[人間の感覚と差異があれど
理解は出来る、と言う感覚は、伝わったか。
短いいらえに安堵を覚えて
ゆら、ゆら、揺れて、リツ
瞬きは、ゆるい、未知ではない感覚よりも
彼が辛そうにしている方が、苦く、感じて。]
過ぎたことでも、それも、大切だったんだろ。
あんた、悪夢でも、大切だったって、言ったな。
その、……… 友達のこと。
忘れたら、あんたじゃなくなる、と、思う。
なん、だけど
その
[そこまで言って 恥ずかしくなった。俯いたまま顔を上げられない]
だから、覚えていれば、良い。
……… どっちにしろ、おれにそれは、食えない。
[黄昏の向こう側に進んでいく背中。
相変わらず消えない背中を
隠すみたく、ずんぐり、姿勢を、傾けた。
影が、深く、長く、伸びる。]
その上で、
[視界で、涙が零れた。
夢でも、確かにそれは、黄昏色を映して
きらきら光るその筋に、鼻先を押し付ける。
拭う、溢した苦笑いごと。]
おれの方、見てろ。
[喫茶店で、そう、口にしたのはトレイルだったか。
ことばの矛先もまるで違うけれど
此処で借りるのは、ズルじゃあないと、良い。
うれしい
そう告げるリツに、重ねるかたち。]
うん。
[正直なことばが、羞恥心か、何か
消えそうになるまで、小さな耳で、聞いて。]
そりゃあ
嬉しいが増える方が、良いねえ。
[ふ、は、洩れる、笑み声、獏から。
苦くした表情が緩むのを、感じた。]
おれも、あんたと居ると、楽しい。
辛そうに見えるのは、辛い。
……… だから、おれの方を見ていれば、良いな。
[そう、ことばを重ねて、しかし
獏の身体は矢張り、腕が短くで、リツの顔
上げさせるには、至らないのだった。]
[獏は、身体を擡げて、リツの身体に身を寄せた。
腕は届かないが、―――口も、ことばも届くから
良いか、と、うれしく、笑い声を溢して。
起きるまで、起きても、このままで居る心算で**]
メモを貼った。
[夏の空は、冬より低い位置に、蒼が広がる。
率直な問いは、湖水を閉じ込めた彼の瞼を振動
隣に居る彼まで影を伸ばし、意向を待つ最中
―――…
一向に返事が来ないと
僅かばかりの驚愕に、彼を盗み見る
それを大義名分に
ずっと、指を繋いだ侭と、申した筈
悩ませる意地の悪い質問だった自覚在れ]
[ただ瞳に映した
曰く初心を見せる横顔に、間を置いた。
離す理由の欠如した指から伝わる
上がり始めた彼の体温は
昼間で知った温いものより、肌に馴染み]
―――何時か離すのが、 惜しい…な。
[それに今宵は少し危険な薫りが、孕んだ空気。
トレイルに不和無く、此処で出逢う夢夜を呉れた
満月の悪魔に、宛ら心中で礼を述べ
ふ、と息を付き
何時人が訪れるとも知れぬ、路地裏で勤しむ密事]
[肉球或る猫の足音より
静かに歩むは、時間稼ぎ
本末転倒に。新鮮な笑みを見せる彼を
このまま浚う事も、一瞬浮かんでいた故
目的地に誘えば、離そうとした手を引き止めたのは
黒髪を掴む彼の指]
――― …………、
[
何方かを出は無く、自分自身を
求めて貰えることが、受け入れられることが。
こんなに喜ばしいなんて、初めて識れた。
それから]
――……名前 、
奥の席でも、読んでくれる?
[トレイルの弱々しい声に、隠れた主張に弦月を描く唇。
彼の恥辱を理解しながらも、繋げた瞳は誘う色。
己の稚気を受け入れるよう、捏ねる駄々は稚く。
離れていく指を追うよう
頭部から毛先まで、銀色が髪上を走った]
[開いた夜の扉、トレイルの後に続いて侵入
近くに店員、または店主が居れば、簡素に]
とりあえず酒に合う つまみ。
トレイルも口にできるモノを。
[寝癖の残った彼の襟元を見つめて銀糸を揺らし
着いた奥のテーブルに腰かける前に
指を名残惜しく離そうとしながら]
仕事以外で、此処に来ることは稀だろう
……… 緊張するものか
[スーツケースを机下に仕舞い
漆黒に似た双眸は、ジッと、間近から彼の顔貌を覗いていた。]
メモを貼った。
―夢―
……、――
[ゆらゆら、ゆれる獏。
なんだか、揺りかごみたいだ。
手のひらでゆっくり撫でる]
――、ん。
[大切だった。
そう、大切。きっと今も。]
……うん
[
黒くて長い獏の鼻顔を埋めるような、ありさま]
[長く長く伸びる影。
ほっと、する。あたたかい。]
―――、エフ……
[見てろ、なんて、
ずるい。涙が溢れてしまう。]
――……――っ
[
そろりと、見上げる。
つぶらな目が俺をみている。
押し付けられた鼻先、抱きしめた。]
……、見る。
―――あんたの方、……だから
[あんたも。見ててほしい。
小さいわがままは、抱きしめた鼻先に行きと一緒にとけた。
気づくのが遅すぎた知られざる恋は、顧みられることなく朽ちたから。]
―自室
[――どれくらいか。
夢の中の黄昏のゆるやかに、
明けるころ。
現実の、ベッドの上でも、
泣いていた。]
……ぁ、…
[ぼんやりと目を開いたとき。
エフの腕を強く抱きしめていたのに気づいて、幾度目かの羞恥におそわれたのだった**]
メモを貼った。
[身体の一部を繋ぎ、
歩く足並みは微妙にそろわない。
ずれる度に揃えようとして、次第と速度を落とす。
最後にこうして歩いた相手は養父で、
その時のトレイルは今よりずっと小さかった。
庇護を受けるのでなく。導かれるのでもなく。
少しでも近くで、触れたい衝動。
触れたら、離れがたくなる願望。
混ざる体温に、感情も共有されたのだろうか。
囁きに頷くかわり、指先に力を込める。
いつかの、エフとリツの姿が重なった。
彼らもこんな気持ちだったのかもしれない。]
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