25 花祭 ― 夢と現の狭間で ―
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[褥での囁きと同じ言葉、
目元赤くして]
ばか、
[小さく謂った。
絡める手を握りかえして
かき抱かれた腕の中、
背に手を触れて、精一杯力を込めた。
―――煌めく糸は確かに結ばれ]
胡蝶、…
―――――っ、こちょう…
[堰を切ったように名前を繰り返す。
涙の気配を滲ませて]
ほら、今も其処に
[つと指差す先に、対峙する二人]
獣故に
人故に
想いあれど、交わらぬ
[溜息。
主の胸に頬寄せて、秋の心が漏れる]
あれが本来あるべき姿だよ。
ボクもきっと主さまが居なかったら
[口を噤んだ。
花が花を呼ぶこえを、かき消さぬように]
嗚呼、胡蝶、胡蝶やで。
鵠と朧様のおかげで、胡蝶に戻れた……―――
[鵠を白以外の何かに染めようとして、
白に染められたのは華月だった。
そして、花主に死を望まれながら死ねなかった花としての業を、
花主として断ち切ってくれたのが朧だった。
――今、抱き寄せる人が強く抱きしめる背の業も
二人が居たから、忘れずに在れる。
華月であり、胡蝶であれる。
白に染められたからこそ、改めて紅に染まることができた。]
[抱き寄せた胸元に、涙の気配感じて。
莫迦となじられた言葉の後の行動をとろうとする。
鵠の顔を上げようとして、
ふと乾に抱かれて在るロビンと視線があった。]
哀しいな……―――
[聴こえた言葉に、一言だけ漏らす。
―――悲しいだけでなく、愛(かな)しい。
だから 哀しい。
浮かべる微笑。
眼差しは、ロビンから濡れる紫苑に移って、
小鳥が啄ばむように露を食んだ。]
[視線は一度、毀れた言葉を追って蝶に。
瞳を伏せる。
愁い混じる冬の色]
……
[独白は音にならない。
誰に届かなくてもいい]
[彼岸にあるべき現世の椿が問い
総ては獣の血が知る事
冬の蕾も人食いの花も、交わりには口を閉ざして首を振る]
夜光を喰ろうたのは、髪を結い上げた男
私はそれ以上を言わぬ
セシルは、友達
ボクはそれ以上を知らない。
――そんな、
……―己は、何も…
[謂いかけて少し、眼を伏せた。
――おぼろさま、と小さく呟く。
そうっと、背をなぜる。
ロビンの声が聞こえ、
ひとと獣の声が聞こえ
眉根を少し、寄せた]
…かな、しい ―――か
[奇妙に、胸に落ちてくるような言葉。
目元に触れる唇に、そっと眼を閉じた。]
ほら。
[それみたことかと、亡者が謂う]
……人は獣を本能的に恐れるもの
獣はひとを、本能的に喰らうもの
たとえ交えたとしても
長くは続かず
やがて
――嗚呼、別離の時だ
[呟き、主の胸に顔を埋めた。
子を成しても月瀬はひとのまま。
彼が生きて此処を出たとしても
遠くない先に、繰り返す事になるだろう
発症してしまえば、きっと*]
―表座敷―
[ゆらり。伏した人の傍で光る。
いまは無力な小さなひかり。
記憶が影と流れてゆく。
あか。
白に飛んだ緋。床に落ちた紅。
ああ、そうだ]
ごめんなさい…。
約束、したのに……。
[命の欠片が、姿を変える。
その目の前で倒れる人
慌てて支えようと手を出しても。すり抜ける]
鵠が鵠やから、双花になれたんやよ。
多分、双花であることが、朧様んとって大事やったんと思うわ。
わての相棒になれるんは、鵠だけやで?
[常世に二つ並んだ花の亡骸。重ねるのは2つの月。
彼岸では瞼を伏せれば、目裏に映る。
そこに、弟弟子の姿を見た気がして、嗚呼と息を漏らした。
悟ること――「また、後で話が出来ればええ」
意識が対岸に強くある人に、密かに想う。]
鵠が鵠であるだけで、えかったんや。
[かなしい――胡蝶が零した音を拾う唇に、
眦に触れた後、掠めるだけの接吻けを贈る。]
獣と人だけやない。
獣と獣、人と人……―――
全部、巡り合わせや。
やから、悲しゅうて、愛(かな)しぃんやろな。
歯車ひとつ、ちごたらと、想うから。
[僅かに離した唇と唇の間で、
ロビンに直ぐに謂わなかった裡を語る。
胡蝶の腕も、鵠の背にしかとまわっている。
歯車一つ違ったならと、その可能性を見て悲しいんで。
今、傍に在れることを、愛しむ。
瞼伏せれば、今、目裏に映るのは、耳奥に響くのは
命生きし世の、獣と人の織りなす物語の切片。
―――胸を満たす感情は、哀しい。]
――巡り合わせ
[聴こえた音に、噛み締めるよう呟く硬質な声]
若し、あのとき
[夢の続きがあったなら]
……若し、あのとき
[手折られる事がなかったら]
嗚呼
そうかな
そうなのかもしれないね。
[自身に置き換え、呟いた]
あれが普通の人間の反応だね。
[ちら、と
視線流す先に高嶺の
対峙する相手の言葉に、吐息でわらう]
[骸に合わせられた手が、また一つ区切りをつける。
苦心する人の傍、か細い光を残しながら。
意識は響く声に向き、引かれた]
若し、あのとき?
[獣の面を持てる者にも哀も愛もあるとはまだ理解及ばぬ所。
声のする方へと顔を向け。
獣と伝えられた花が僧の腕に抱かれているのを見、言葉失う]
[聞こえてきたのは白鳥と対を成した蝶の声。
此方に似合わぬ生者と同じ音。
そちらを一度見て。
揃った花へ薄っすらと笑みを向ける]
仏にはなれぬか。
私も、そのようなものにはなれぬ。
けれど。人を獣を憎むことは出来ぬ。
……やあ、夜光
[庭の見える廊下、
主の膝の上に座り擁かれたまま
片手でひらりと挨拶をかける。
困ったような笑みで]
気分は、如何?
――夜光。
貴方も此方に参ったのですね。
[新たに増えた声。
そちらを見れば花が一つ。
抱いた冬の花へ横に下がるように促して、けれど手は握ったまま。
着物を正す]
[駒鳥の言葉に、瞼を持ち上げる。
向けるは、やはり、生前と変わらぬ微笑。
彼の裡は、親しくあったわけではないから識れぬ。
けれど、放った言の葉に、欠片でも琴線に触れるものがあったなら
獣と人、同じ道をたとえ歩めずとも、悲しいだけではないと。]
[と、揺れる翅に絡まりし細糸。
瞼伏せずとも、浮かぶ情景は、花の主の様。]
ロ、ビン、殿。
[己に死を齎したのは獣であり。
同じ獣と思えば震えもするのだけれど。
その困ったような顔は拒絶されたいつぞより、ずっと近しさを感じてしまい、混乱する]
法泉様…。
[そして縋った主の他、幾度か手を差し伸べてくれた人に呼ばれ。
その手が確りと花を握っているのを見る]
気分は…苦しい。
どうして。獣なのに。
そういや、刷衛様に刀の礼できへんかったなぁ。
[恨むには遠い言の葉を紡ぐ。
歪な双花――腕の中の片割れが、
先程、憎の念に悩んでいたとは識らず。
全て重ならぬからこそ、高嶺の花になれたのか。
乾の憎に対する言に、心裡で密かに蝶は同意を示す。
刷衛の口から華月の名が出れば、微かに浮かべる苦笑。
抱き寄せたままの鵠は、どんな反応をしていたか。
どのようであっても、抱きとめたまま離さずに。
次に狭間の世界の音を拾えば、苔色は夜光の姿を映す。]
[ロビンと乾と、言葉交わすようなら
生前と変わらぬ微笑をだけを挨拶に向けた。
苔色は、狭間の世界と生者の世界を、静かに見詰める。]
[蝶が笑むをきょとんと瞬きひとつ。
主に促されて身を離し、乱れた裾を直す]
うん。
そりゃそうだ。
あの方は、手加減なかったでしょう。
[手は繋がったまま、半歩下がって首を傾いだ。
二人の会話に割り入って良いものか、訪ねる風]
[夜光を見て、そしてあちらを見る]
貴方が、縋りたかった方の無事を、願っております。
[祈るとは、口にせず。
けれども。
もし獣がここを出るときには、獣でないものはすべて死してしまうのだろうかとも思い]
獣、なのに?
私にとって、ロビンは花。
それ以外にはなにもなく。
獣であったか人であったかなど、意味を持たぬ。
……、――そう か。
そうだな、…己がいきているうち、
聞けなかった――朧様の“理由” は
[伏せていた眼を、苔色に合す]
――…己の相棒になれるのも、
…胡蝶、だけだ。
[囁く。並び、咲くと願ったのに
半ばで散った愚かな生贄――だが。]
…ありが、 とう
[俯いて、本当に消え入りそうなくらいの声で謂う。
掠めるような口付けに、紫苑色を一度薄く開いた。]
[間近で苔色が語る。
一つ、瞬いた。
裡なる想い。かなしい。――哀しい。]
…嗚呼、
[物思うように眼をまた伏せた。
ロビンの、呟きもまた――耳に入り。]
かなしい、… か。
…そう、だな。
[瞑目する。かなしげな、くるしげな――]
此処は、何処なのですか。
彼岸とはこういう場所なのですか。
[法泉を見て小さく問う。
法師ならば知っているだろうかと]
恨んでも憎んでもいいと言われた。
当たり前だ。僕は主様の傍に居たかった。
ようやく。みつけたのに。
[ロビンへと戻る怨みの視線。羽織の上からぐっと胸を掴む]
[
僧が、答える。静かな、
悟りを開いたような薄い笑みが見えた。
対する鵠はくるしげな表情を浮かべ]
憎めないなら…
なん、なのだ。
[片手、顔を覆って。
現世の言葉が聞こえる。朧月の言葉が己の想いと重なる。]
――… …かなしい のか、
[相手への問いかけのようで居て、
自分の内側への問いでもあったか。
――あらたなこえが在る。常世へ迷う魂が。
顔を其方へ向けて、覆っていた手を下へずらした。]
……夜光……
――…、…わからない
[首を横に振る。
――りん。鈴が鳴る。
己を殺した刷衛へ抱く思いも、
人狼でありながら情を強く見せる
本郷や、ロビンや――霞月夜。
微笑み浮かべる胡蝶とは対照的か。
全てが重ならない故に双花足りえる。
胡蝶の衣の裾を、く、と握った。]
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