202 月刊少女忍崎くん
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― 少し前の話: 夏の甲子園 ―
[本番当日。
その日もテンションは今日と同じようにあがりまくっていた。
選曲をしたのは栗栖だ。
最初は「アップテンポがいい!」とか言っていたくせに、候補をあげてみると中身は渋かった。 それでも話はどんどん盛り上がり、こうして完成の日の目を見る。
筆組の5人は、紙に背景を書いてゆく。
暗い藍色の空、薄紫の山、青い海。
薄墨でかかれたそれは、雄大だ。
開始直後の踊りや背景が終わると次は文字のターンだ。]
『はいっ!』
[掛け声と共に 紙の上を、灰色、藍色と水色が走る―――。
藍色と水色は左右に分かれるように色を重ねていく。
灰は空を、藍はその色を受けて輪郭づく山を、水色は海を。]
♪ お〜〜とこはァ〜〜 まぁ〜〜つり を〜〜
[会場に、某さぶちゃんの演歌が鳴り響く。
それに合わせて、部員は掛け声を忘れない。]
[手は太鼓から筆に持ち替えて、青色が入ったバケツを持った保と、緑色のバケツを持ったゴロウが並ぶ。
一礼と共に紙の上を歩いて、保はゴロウよりも紙の中心部で止まる。
ひとつ、息を吸ってから]
はいっ!!!
[掛け声と共に2色が勢いよく紙の上に落ちる。
青色の筆が走らせる。リズムに乗るように膝を上下させながら、「海の神」と書いていく。
自分の斜め左上ではゴロウが緑色で、「山の神」と書いている。書き終えるタイミングはほぼ同時。]
[海の神、山の神、
歌詞に倣いつつ作られる達筆は観客の目を引いた。
何せ部長とタモツという二大エースの文字だ!かっこよくないはずがない!
曲にのせ続くパートは、海の神、の横に「命を本当にありがとう」と書く部員、スペースを開けて左側、「燃えろよ」と歌詞を書いてゆく部員、その間を縫うように、赤い点が、ぽつぽつと落とされてゆく。
赤い点は栗栖の担当だ。
てんっ
てんっ てんっ
左から右へ、順々に。合計で5つ落とされる赤い点。それが落とし終えたのと文字が完成したのは同じだった。]
[次は落とされた赤い点に右から左へ。点の周りに花が咲く。
花火の芯と、花びらだった。
大輪の花火は数人がかりで同時に並んで書いてゆく。リズムに乗った一糸乱れぬコンビネーション。 どんどんと、合計で4つの花火が完成してゆく。
と、同時に。
紙の中央、あいたスペースに大きく堂々と「 祭 」の文字を書くのは部長であるゴロウだった。力強い筆遣いと共に発される太い声は会場に響く。]
[歓声湧く中、自分が「これが日本の」と書き始めれば、
横から署名を細めの筆で書き始める。
平行するように下へと下る。
栗栖が落とした赤い点を、日本の「日」の真ん中の横棒にして書いていくのがポイントだ。]
…はぁ、
[熱い体育館の中、法被姿とはいえ汗がじわじわと滲む。紙の外にはけて額の汗を拭う。
最後のシメに「祭だよ」の「だよ」の部分を書かなければならない。
まさにこの合作の書の最後といってもいい。
その時は、自分“1人”がこの紙の上に立っている状態になる。]
(よしっ)
[気合が入る。
「祭」の文字が書き終わり、すれ違うように紙の上を歩く“2人”。]
(ふたりいいぃぃいい?????)
[視界の右になぜか、もう書き終えたはずの栗栖の姿。
その手には、「海の神」を書き終えて端に避けていたはずの青色バケツ。]
(なんでそれを お前が持っている!)
(栗栖ぅぅぅうううぅぅうううう!!!)
[無言の訴えは、テンションがいい感じで上がったお祭り気分の彼女には
届かなかった。]
「 大 漁 」
[歌詞に合わせた「 大漁 」の文字。
海と同じ色でゴロウのかいた「祭」の下にでっかでっかと書きだした。
勿論文字バランスは考えたつもりなので、そこまでおかしくもないはずだ。
タモツの訴えは無情にも届かなかった。楽しげに楽しげに、文字を書く。
――― タモツだけではない。ほかの部員も目を丸くしている所から、これは全員にとって予想外の行動だったのは明白だった。]
[書道パフォーマンス甲子園には評価項目がある。
文字の美しさ、パフォーマンス、紙面構成、情感・詩情、など。
そして同時に 減点対象 もある。
たとえば、 パフォーマンス計画書と明らかに相違する揮毫を行った場合 とかだ。…つまり。今の栗栖の行動はしっかりと減点対象なわけで。
演技が終わった後の講評でもしっかりと言われてしまった。]
[それだけが理由ではないだろうけど、結局は参加賞におちつく。
・
・
・
そして帰り際、
部員…特にタモツの怒りのオーラはさすがに感じ取れたので、すごくばつの悪そうな表情をうかべていた。]
ご ごめんなさい…
[しおらしげな謝罪。]
……、……。
[パフォーマンスが終り、閉会式が終り、帰り道に至るまで。
保は終始、無言、だんまりを決め込んでいた。]
[意気揚々とパフォーマンスに出ようと言いだして、巻き込んで、連れまわして、筋トレさせて、―――アシスタント作業も同時にある時は、忍崎の家で力尽きた事が、しばしば。押入れの中にある来客用布団は一時期、保専用状態になっていたことがある。
それを、あの、あの あ の
「 大 漁 」
が全てを壊した。
…あの、――― 字が。]
[この1年間は一体何だったのか。
栗栖に対する怒りは数時間ではおさまらなかった。
のに、]
……、 今まで見てきた中で 一番 いきいきしていた
字だった。
[あの字は、―――悪くなかった。]
字が楽しそうだった。
[あの字を書いた時、
かききった時、 終わった時、
達成感があった。
部長はなんだかんだで「面白かった」と言ってくれたけど。 自ら進んで減点対象に向かったのは明白で。
部員に対しての申し訳なさとか、色々と。
いろいろと、あったから。]
[でも
いちばん、いきいきしていた、と。
その言葉が少し意外で、瞬いて。
すごく楽しんで書いた文字を、
素直な言葉でほめてもらえて、
とてもとても、嬉しくて。
浮かべた笑みは、
たぶん、いちばん ――― … ]
― そして今 文化祭当日 第二体育館 ―
[楽しい。 ―― 楽しい!
そんな気持ちを目いっぱい混ぜながら。
てんっ
てんっ てんっ
リズムよく赤い丸を落としてゆく。
花火のもとになる火種だ。 リズムよく歩いてゆく途中、
… いつもだったら観客席になんて目がいかないけど、 つい。]
( あ…っ !? )
[観客席に一人の姿が見えた。
長い黒髪。鋭い目つき。堂々とした笑み。
そ、総長だ!
思わず目を奪われて、
でんっ
と、]
( あ゛… っ!! )
[日本の日。その横棒を赤で書く箇所。
その横棒がずべっと斜めに豪快になってしまった。
やっ ばあああああ
動揺は見せずにそのまま次の点へと向かう。
ここの担当はタモツだったはずだ、ちらっと視線を向けた。]
……、……。
[無言の圧を思いっきり栗栖に向けた。睨んでもいる。
ここに漫画で擬音語を入れるなら間違いなく「ゴゴゴゴゴ」だ。]
[ふっ、と息を吐い瞬時に切り替える。
バケツからこみ上げる黒い墨の匂いはやっぱり落ちつく。]
――― はいっ!!!
[勢いよく黒が飛び落ちる。
慣れた手つきで、文字を連ねていき、問題の部分。
斜めに伸びた赤い横棒。それを囲う黒い四角。
少し崩したような「日」になれば、次の「本」文字もそれに合わせて差異がないように仕上げていく。「の」まで書き終えれば、次の文字は色が違うため一旦紙の外へと引く。]
[無言の圧力を感じる。
てへぺろっ 的な表情を浮かべながらも、さすが!と思った。
少し崩したような「日」の字は、そういう字体であるかのように自然だ。栗栖の態度に注視するものなら違和感に気付いたかもしれないけど、それでも仕上がりが自然なので、ミスがあったかどうかの判断はしにくそうだ。
そうだそうだ
ミスなんてしてらんない
――― もしトチってもタモツがいる!
それはとても強い安心感。
そして演技は何事もなかったかのように続いてゆき、]
ソイヤっ!
[大声と共に書き入れられた、青い「大漁」の文字。
甲子園では怒られたこの文字が、文化祭では正式に計画書にいれてもらえた。だいたいゴロウの計らいだ。楽しかったから、やればいいんじゃない?と言ってもらえて、どれだけ嬉しかったことか!
そして、それを書き終えるのと、タモツが書き終えるのは同時だった。
タモツの方へ向けて、にっと笑う。
最後に一年生が判を押して、曲が 終わった。]
― パフォーマンス終了後 ―
『おつかれさん。
各自、水分しっかりとれよ。
少し休んだら後片付けだからなー。』
[体育館にゴロウの声が響く。
6分弱。たったそれだけなのに一気に疲れが身体を襲う。
栗栖が筋トレをいろんな人に聞きまわってそれを実行してくれたおかげで最後まで書ききれたけれど、膝は少し震えていた。]
はぁ。
[気がつけば全身には、墨がいろんな所に飛散っていた。
手足だけではなく、法被やさらしにもだ。]
つかれた。
[床にどかっと座り込んで、ちょっと休憩。**]
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