103 善と悪の果実
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[その時、黒の青年が呼んだ名前。 男は、短く切るように息を吐いた後、白を纏う女の影を視界の端に捉える。]
やっぱり…、仲間だったか。
[自嘲の混じる笑みが僅か、口元に浮かび、消えた。]
(49) 2012/09/29(Sat) 22時頃
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[唐突に投げ込まれた小さな物に男の目が見開かれる。 だが、それが煙幕だと気付いた時には遅く。
白い粉塵に視界を遮られた刹那。
夕闇の声が響き。 見えない相手に向けて、引き金は引かれた。]
(52) 2012/09/29(Sat) 23時頃
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滑稽だねぇ……
何もかもがこうして台無しになっちまうのさ。
そもそも、こうなっちまったのは誰のせい、だい?
[クク……と喉奥で笑う声。]
血を啜って、林檎は赤く熟れるのかしら。
何時になったら、満たされるのでしょうね…?
それとも、永遠に―――
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[遮られた視界の向こう、床に身体の落ちる気配があった。 しかし、その後に聞こえた怒声のような声に反応し、男の指が撃鉄を倒す。
刹那、室内に響いた少女の叫びに男の腕が凍り付いた。
残忍な黒猫のように笑みを浮かべる男。 淡々と、静かにほくそ笑む切れ長の目。 穏やかに、だが冷たく見詰める、白を纏う女。 ナイフを手に震え、そして、叫んだ幼い声。
粉塵の向こうに見えない物に向けて。 男の左目が震え見開かれると、二度目の銃声が響いた。]
(65) 2012/09/29(Sat) 23時半頃
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それでまた、グロリア様のお部屋に新しい赤を添えるのですね……?
[優しく、囁きかけるように。]
そら。
その手も、ドレスの裾も、真っ赤だぜェ?
[駆け出す小さな背中に、ケラケラと笑った。]
畜生畜生畜生畜生畜生どもめ、!
[叫ぶような怨嗟の声は、どこから。]
悪いのは、君さ。
[怨念は林檎に手をかけるものへと嘲う。]
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くそつ…!
[見えない苛立ちは、声となって落ちる。 少しずつ視界が晴れていく室内で、見えたのは床に倒れた黒の青年の姿。 その傍らに立つ、夕闇の伯爵。 握りしめられた小剣が受けた光が男の目を打つ。]
…あんた── 何を。
[青年の腹を蹴り上げる鈍い音。 刃から滴る血。
その時、廊下を駆け、離れて行こうとする足音に気付く。 室内から、2人の姿が消えていた。
踏み出す脚が、まだ覚束ないのを感じながらも、顔の前を流れる血を拭い、男は夕闇の背中を見る。
身動きする様子の無い、黒の青年。 男は、ドアに向かい歩き出すと半ばよろめくようにして廊下へと出た。]
(75) 2012/09/30(Sun) 00時半頃
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唆した“蛇”もかな。
[嘲う、嘲う、烏の声は囀りよりも甘く。]
―果実の在り処・大広間―
おいでよ、ここまで。
[木は森へ、果実は果実へ。
部屋に施された黄金の植物たちのなかに転がる、楽園の実。
その前に、その目の前に、僕は立っている。
怯える彼を残し。
歌姫を連れて。]
…――ね。
皆、愚かなものですよ。
[小さな手を果実へと伸ばす。]
大広間からなくなってなんて、なかったんだ。
すぐ傍に落ちていたのに気付かない。
目先の欲に駆られて、足元なんて見ようとしないんだから。
[そう、歌姫へと声をかけた。
一度掴んだことがあるはずの果実は、擦り抜けて掴めない。]
…………僕も含めて、ですがね。
[少年の行く先は、大広間。
この宴の始まりに、果実があった部屋。]
全く…この部屋を探していた人もいたでしょうに、
こんな簡単な場所に隠していたなんて…
[血眼になって屋敷内を探していた人 ― 自分も含まれるか ― を考えて、苦笑する。]
嗚呼、目の前にあるのに
触れる事すら許されないのですね…
またこの細工を見る事が出来たのは、幸運なのかしら…
[否、囚われているだけだと思っているのだけれど。]
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[ どうでもいい。悪党が1人死のうと。 誰かが、無惨に命を奪われようと。 歪み始めたのではない。 ──初めから、そうだ。
裏切り、騙し、自分以外の誰かを顧みる事などしない。 あの女も、ここに居る連中も、そして、俺も。
追え。追い掛けろ。
そう言う声がある。 そして、呼ぶ声が、聞こえる。
──渡さない。]
『誰にも、渡さないで』
[拳銃を手に走る男の耳に、聞こえたのは、遠い過去の記憶か、それとも、幻聴だったのか。]
(79) 2012/09/30(Sun) 01時頃
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[ステンドグラスから床に落ちる光。 濁った、だが、それでいて酷く鮮やかな。
男の目は、血膜に奪われた視界と目眩で、見る物も定まらなくなっていた。 ただ、走り、撃鉄を倒しながら。
動く影があれば、引き金を引くだろう。 そこに立っているのが、誰であろうと。
そして、待ち受ける銃口があれば、或いは。]
(80) 2012/09/30(Sun) 01時半頃
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―過去―
[歌い手として評価されるようになって、暫く経った頃。
急に、一切の活動を行わなくなった時期があった。
行方不明になったのだ。
名前に傷が付かぬようにする為か
ひっそりと回された捜索の手にも引っ掛からなかった。
その時女は、今は顔さえ思い出せぬ好事家に監禁されていた。
金糸雀のように、籠に閉じ込められ、所有者の為だけに歌うことを強いられた。
女は歌を愛していたが、自鳴琴のように螺子を巻かれた時にだけ忠実に歌う事を強要される状態に、心をすり減らしていった。
所有者を満足させられなければ暴力を加えられた。
『歌えない』とでも言おうものなら、本当に二度と歌えなくなるぞと
水の中に頭を押し込まれたり、首を絞められたりもした。
そうして死なないために渋々歌うと、最初の内、所有者は上手く躾を出来たと言わんばかりに満足そうにしていた。]
[そんな日々が続いていたのだが。
とうとう限界が来た。
無理矢理歌わせられた、その歌声が素晴らしいものに成るはずも無く。
何時しか、歌は苦痛となり、本当に歌えなくなってしまった。
弱った金糸雀を、壊さんばかりに痛めつける所有者。
『――この程度か。つまらないな。』
ある日、すっかり飽きた所有者は、とうとう金糸雀を撃ち殺してしまおうと考えた。
にやにやと拳銃を片手に近寄ってきて、髪を掴まれ、喉元に銃口を突き付けられる。
抵抗などしないと思って油断していたのだろう。
本物の死を目前にした女は、ただ生き延びたい一心で所有者に反撃する事に成功した。
襲い掛かり、拳銃を奪って、心臓に押し当てて、撃った。
破裂音が響いて、血が飛び、やがて所有者は動かなくなった。]
[逃げなければ―――
煙を吐く拳銃を放り出して、慌てて飛び出した牢獄。
そうして逃げる為に走る廊下で、夕闇に出会ったのだ。
彼が何故その屋敷に居たのかは知らない。
どういう繋がりがあるのかも分からない。
ただ、夕闇は、真っ青な顔をしているであろう女を見て、わらったのだ。
きっと銃声は聞こえていただろう。
殺人を犯した事を、見透かされたに違いない。
恐怖が全身を支配した。
どうしたら良いか分からなくて、只管逃げた。
連れ去られた時には気を失っていたため
ここが何処かすら分からなかったが、少しでも遠くへと必死に走り続けた。]
[やっとの事で逃げ切ると、その後
女は、無意識の内に記憶に蓋をした。
歌えない理由
受けた暴力の数々
そして、自分が人間を殺したという事
これらを忘れてしまったがために、結局原因は分からないまま、歌声も戻って来なかった。
夕闇と何処で会ったのかを思い出せなかったのは他でも無い。
封印した記憶の欠片だったからだ。
彼が、私の事を殺人者だと知っているはずだから―――
人を殺して思い出した。
これが、女が歌を忘れた経緯。]
灯台下暗し、ってやつですかね。
[触れられない林檎。
それはまるで“禁断”の果実。]
貴女は…。
……いや、野暮なことは聞くものじゃありませんね。
[この林檎を手に入れたかったのか。
手に入れて、どうするつもりだったのか。
そんな言葉が頭を掠めた。
口に出すことはなく、過去を回想する横顔を見つめる。]
……………。
[それでもひとつ。]
歌を、聴かせてもらえませんか?
[そんな我侭を言う事は許されるだろうか。]
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[霞む視界の遠くに見える、人影。>>82 男は、床を蹴る脚の速さを緩めながら。 銃口を定める。
震えの収まった腕は真っ直ぐに人影を捉えようと伸ばされ。 引き金にかかる指は、躊躇いなく引かれた。]
(86) 2012/09/30(Sun) 02時頃
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