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─ それから暫くして ─
龍笛が来られたよぅやねぇ
[現よりの道に向け誘うように箏を爪弾く。
現、隠に笛の音が鳴り響いたかはさて置いて
箏に伝わる心の調べは、含羞の殻からあふれ出んばかりの歓喜の色もあっただろうか?]
誰をお連れしたんやろうね。
[言うまでもないことだけれど──
その場に誰か居たのなら、惚けたように小首を傾げ、悪戯混じりに口元を曲げてクスリと笑って見せただろう]
……ぇえ?
[異変は直後に感じる。
龍の笛より少し前、向かってきていたはずの気のひとつ
誰のとはわからなかったが、戸惑うような心の気
それが突如霧散する。
まるで暁に待った細雪が、陽光を受けて溶けたかのように
すぅっと消えていく
現の世の神隠しならぬ隠の世も神隠し
初めて感じる感覚に、あっけにとられた様子で女は暫し虚空を見つめていた]**
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―里へ続く道―
[彼岸花の咲く道を、連れ立って歩く。
聞こえてくるのは華やかな祭囃子。
しかしそれとは別に、筝の音を捉えて
……ここまで来れば、大丈夫か。
[ゆりとずっと繋いでいた手を離し、懐から龍笛を取り出す。
小さな兎を揺らし、筝の音に応えるように、短く音を鳴らした。
明るく澄んだ、喜びの音が響く。]
ん……?
[その直後に同じように感じたのは、何かの消える気配。
人の物のような気がしたけれど、戻ってきたばかりの龍笛に、その正体が何かはわからずに。]
何だ、今の…?
[訝しげに呟くが、ゆりが不思議そうにしていれば、何でもないと首を振って。笛を仕舞うと、再び手をとって歩き始めた。程なくして、里の入り口の目印である楼閣が見えてきたか。**]
志乃さんに聞けばわかるか…?
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─回想─
[一平太を連れてきて……はぐれた。]
ちびたち、どこに連れて行ったんだろ。
[すでに別の個体となっている毛玉達。
どこに一平太を連れて行ったのだろう。
あちこち一平太を探して歩く。]
[そして、時間をかけて探し回って目的の人物の姿を見つけた。]
居た。一平太!
[ようやく見つけた、と駆け寄ろうとしたその時。
目の前で一平太の姿が消えた。]
――あやかしの里――
[誰が来て、誰が戻って誰が来て。
その移り変わりを半妖眼鏡は知っていたかどうか。]
此方で、ヒトとの在り方について説くのも一案と言えば一案だが…
[どうにも、あやかし達は長く生きている割には視野が狭い者が多い。
仲間内で慣れ合って、別の視点を持てずに居るのかもしれない。
―――ヒトと、同じだ。]
[駆け寄る足は止まり
姿の消えたところを茫然と見つめた。]
……一平太もいなくなっちゃうんだね。
嫌いだ。一平太も。
もういい どうせ 僕は置いていかれる
──……友達なんていらない。
[そして毛玉の形とも人の形とも違う、形のないただの力の塊となって、どこかへ飛んで行った。]
…それは父上の役目の筈なのだよなぁ――
[母から聞いている。
父は此処(隠世)から。
母は向こう(現世)から。
其々、ヒトと妖が歩み寄れるように。
いつか、堂々と、共に暮らせるように。
そんなふたりの約束を。]
うぉお?!
[考え事をしていたら、不意に何かが
[人に強い負の感情を抱いて、それは身を焼いた。]
[そして、火そのものの姿になった。]
燃エテシマエバ イイノニ
[仁右衛門の傍をかすめる際、そんな言葉を落として行った。]
―――…こらこらこらこら。
[青白い悲しみと憎悪を宿した炎が己が傍らを通り過ぎる。
耳を掠める不穏な響きに大きく息を吐いた。]
全く、考えている傍から…
[おーい、と呼びかけるが、その炎に眼鏡の声が届いたかどうか。]
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行ってしまったか…
[遠くに消えていく炎を見つめて、ぽりぽりと頬を掻く。
全く、のんびりし過ぎな半妖である。]
父上は何処で何をしているのですかね、母上。
[今は亡き母親の姿を思い浮かべて、苦笑した。]
[その後。
暫くして、半妖眼鏡は己が気配を追ってきた父である蛟竜と遭遇することになる。
母の死、そして、その意志を受け継いだこと。
己が此処に来ることになった経緯。
現世、及び隠世の現状。
様々なことを共に話合った後、ある意味事故で此方に来てしまったような半妖は、その父の手を借りて普通に現世に帰っていくのであった―――――**]
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えっと……じゃあ……
九百九十……?
[志乃
そっか……眠って……
でも、それにしたって、千年近い時を超えて来てるのは確かなんでしょう?
[恥ずかしげな彼女に柔らかな眼差しを向けつつ首を傾げ]
故郷……か……。
じゃあ、志乃がここに来たのは、まるっきり偶然ではなかったんだね。
[そんな風に感想を漏らす。
同胞の声に関しては、夢半分に聞いていたこともあり、そんな話もあったのかと余計に顔を赤らめるのだけれど]
そ……んな……
私だって別に、お行儀良い、訳じゃあ……。
[志乃
ん……でも……
それでも、聞かせて欲しいよ、志乃のこと。
多分それが、「あやかし」としての志乃を知るってことでもあると思うから。
……怒ったりなんて、しないよ。
[だから安心してというように、真っ直ぐ志乃を見詰める]
あ……あれは……
[聴こえて来た音色に振り向けば]
あの時の、笛の、音……。
[龍笛の澄んだ音が、箏に重なり響いた]
こっち……来たんだね。
[笛の音が聞こえる少し前。
こちらに来ていた気配までは、娘には感じる事は出来なかった。
だが、飛んで行く火の姿
あの……あれ、は?
[志乃か、近くにいた誰かにそう尋ねた]
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あかん! けしゃらんあかんよ!
[沙耶が見つけた火の姿を目にした瞬間、はっとして叫ぶ。
兆候は感じていた。あの隠世の理からもはずれる神隠しの神隠し
気をつぶさに追えば、その歪みも感じてはいた。
いたというのに、朧気すぎて追うこともできずただ密かに手をこまねいていただけの自身に、思わず歯がみする]
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けしゃらん……?
[志乃
聞き覚えがないのは当然で、娘は明之進の正体を知らなかったのだから――
だが娘は、傾けていた首をはっと垂直に戻す]
けさらんぱさらん……なの?
[口にして、自分でも疑問を覚えたように口を押さえ眉を顰める。
それでも、思い直したように]
このままじゃ、だめ……よね。
追い掛けなくちゃ……。
[健脚とは言えない足を、必死に動かし駆け出した]
あやかしの一人が我を忘れておるんよ。
[焦燥感を滲ませて、飛んでいく火の姿を睨み付ける。
理由はあの不可解な出来事なのだろうが、見たわけでも知っているわけでもないので説明のしようがない。
女とて、詳細を知るところではないのだ。
ただ、あの火が怒りと悲しみを纏っているのは、少しでも妖しの気を理解できれば、おそらくは感じることも可能だろうか?]
……沙耶捕まりぃ
[駆け出す娘の意図を受け、なれば九十九の楔を外すことが叶うこの隠世は自らの領域
疾駆し空を奔るくらいはできただろうか?
彼女の手を取り、駆ける彼女の一助となる]
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うちらのあとにこちらに帰ってきたあやかし。
けしゃらんばしゃらん……えぇと
沙耶は現で、色白でええ身なりの子を見かけてはおらんかったやろか?
名を確かあきのしん…やったと覚えてるんやけど
[彼と仲良くしていたものを考えれば、おそらく隠返りをしたのは仁右衛門の門弟だった一平太という男だろう。
龍の笛なら、その子の気配が消えた後も調べを感じることができた。
なれば、一平太と明之進の間でなにかあったか?
考えられたことはそこまで、二人に対して縁の薄かった女の身では、想像にも限度があった。
龍の笛なら自身よりわかろうかと、気配を追えど、隠世に来たばかりの彼らとは、些か離れすぎてもいただろうか?]
沙耶は、けしゃ…あきのしんと、センセのとこにいた門弟さん
何か知らへんやろか?
あやかしが……。
[志乃
手を差し出されたなら、礼を言って彼女に捕まる]
わ……速い……
[感嘆しつつも、思うは己の呟いた言葉のこと]
けさらん……ぱさらん……。
何処、で、知った……?
[その言葉が己の記憶の何処から出て来たのかわからず、釈然としないものがあったのだ。
志乃とともに駆けながら、記憶の深く深く――潜るように探って行く]
―里への道―
[周囲の空気が変わり、しん、と静寂に包まれれば目を開く。真っ先に目に飛び込んだのは、一面の紅。咲き乱れる彼岸花の妖艶さに圧倒されて、感嘆のため息を漏らした]
ふああ、すごいです…。こんな、光景初めて見ました…。
ここが、あやかしの世界…?
[辰次に手を引かれるまま、きょろきょろと周囲を見回しながら歩く。狐火の群れが導くように里へと舞うのに感じるのは、恐怖よりも美しさ。
何処からか祭囃子が聞こえてくるのに気づいて耳を澄ませば、その中に筝の音を聴く。辰次が笛を取り出して吹き始め
綺麗な、音…
[筝と笛の弾むような音色に目を細めて聴き入った。]
…辰次様? どうされたのですか?
[辰次がふと顔を上げて呟くのを不思議に思って問いかける。何でもないと首を振られ、手を取られれば素直に従って歩き出す。やがて楼閣が見えてくれば、それを見上げて、ふたたび目を丸くする]
ここが、あやかしの里なのですね…。
『あきのしん! おしろいあげるからちぃとお待ち!』
『龍っつぁん! 龍っつぁん!』
[沙耶と火を追いながら、妖しの気で各方へも呼びかけただろうか?
辰次へは…できれば彼の傍らに居るであろう思い人と、緩やかな刻を過ごして欲しいとも思ってはいたけれど、そうも言ってられないし、そもそも自身が気付いたのだ。同じ九十九で、自身より明之進と縁の深い彼ならば、とうの昔に察知もしているやもしれない。
……焦りの混じった酷く不規則な箏の音が隠世に鳴り響く]
―あやかしの里―
[そこかしこで狐火の提灯が明るく照らし、太鼓や祭囃子の音が聞こえてくるのに心が浮き立ち]
こちらのお祭もとっても賑やかなのですね。
辰次様、早く参りましょう。
[笑いながら、辰次の手を引いて駆け出そうとすれば何かが脇を掠めるように飛んでいって
っ、きゃ、
[一瞬よろけるが、辰次の手に縋って何とか転ぶことは回避する]
びっくりしました…。
あれは、いったい…?
[しばらく呆然と、炎の飛んでいった方角を見つめていたが、炎を追いかけるように空を駆けていく志乃と、彼女に掴まる沙耶の姿を見つけ
志乃様、 え、それにあれは…、沙耶…様!?
[驚いて声を掛けるが、届くかどうか]
あきのしん……
あ、その子なら、知ってる……!
[志乃
色白で身形の良い――と、特徴も合致した]
けさらんぱさらん……あの子、そう、だったんだ。
[思い出すのは、外見の割に幼い言動のことで、あやかしとまでは気付いていなかった。
夢で聞いた会話を注意深く思い出していれば、察しがついたのかもしれないが]
門弟……一平太さん?
でも、あの二人の事は……仲がいいな、としか。
[役に立つようなことは記憶にない。
力無く首を振る。
そして志乃が、隠世に箏の音を送るのを聞いた]
[火が揺らめくたび、己が意思も燃えてゆく。
一つ、また一つ、記憶も燃える。
祭りの記憶、友ができたという記憶。
そして忘れていた、と思いこんでいた記憶も。]
ゆりの声には、一瞬振り向くだけしか出来ず。
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