25 花祭 ― 夢と現の狭間で ―
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私は、僧としては浅ましすぎるのです。
[ゆるりと笑んで]
慎み深いわけでもなく。
仏の道にありながら、色々なものを欲しました。
お前も、その一つ。
欲して、手に入れても、心を動かすことはなく。
父は、私にそれを教えたかったのかも、知れぬ。
花を愛でる心。
口で言っても、心で解せねばわからぬこと。
お前が、いなければ。
そんな貌とは どんな貌だ…
[眉尻下げる胡蝶を流し見遣る紫苑色は
困ったような、怒ったような。
糸の絡む指先が更に絡まれば
そっと力をこめ
現世へと眼を向ければ]
…朧様
[主の名を、呼んだ。]
……人も元は獣であった故か
否、主さまの其れは主さま故でしょう
[苦い笑み]
欲して其の手に入れて
喰われても良いほど、心動かされたなんて
帰って報告は出来ませんね。
このまま私と、
[ちらり盗み見る
現世の交わり
高い嶺の灯火が消え――]
…………?
[否、彼方で明々と燈っているのは
思わず身を乗り出す]
[屋敷に火が灯る]
お前と?
[身を乗り出す様に手は離さず、ただ腕の戒めは解く]
友が、気になりますか。
行きますか?
声は届かぬとも、思いは伝わるかも知れぬ。
…――――いいえ。
[続く言葉は音にならず
首を振った。
手は繋がったまま、見上げて囁く]
往きません。
何処にいても見えるのですから
主さまの傍に居りましょう
さいごまで。
[そうして、冬色は現世を見遣る]
『…隠れて、…隠れて、』
[聴こえる声は現世に近い狭間の場所から。
混乱の屋敷の中で掻き消える程のか細い、幼い声。]
[消えた気配は形を作る。
己の命の果てた地に赤を踏みしめ降りるは黒い獣、鉄色の瞳。
其の肉体に質量があるのなら、たす、という音が聞こえようものを
けれどその体は地に着くや否や人の姿へと転変する。
黒い獣の姿は消えて
床の上に残るのは眠るように伏せる人の姿]
[ふわりと浮かび、直ぐ消える影。
燃える色のべべ着た切り揃えられた髪の童。]
[受け取られた黒い笛の上で光が瞬く。
明之進の言葉を肯定するように。
悲鳴。怒号。炎。
人の形は崩れ、光が螺旋を描くように舞う。
邦夜に迫る危険を直接振り払うことは出来ないが。
護りたい。願いそうして主の傍に添う**]
ですか。
[傍にいるという花のその視線の向こうを見る]
すべて燃えたら。
終わるのか。
燃えても、此方には関係なく。
けれど留めているのがこの屋敷なら、すべて燃えればそれが最後なのかもしれません。
[花へ後ろから手を回し、包むように抱いて]
『…隠れて、…隠れて、』
[ふわりと浮かび、また直ぐ消える幼い姿。
その両手には赤と白、二つの花を大事に抱えて。]
[聞こえる喧騒、見える世界が赤く染まっていく
少しずつ少しずつ
其れは勢いを増すのだろう]
……燃えて、尽きて
そうしたら
[背後の温もりに身体を預け、
迦陵頻伽の囀りを聴く]
お別れの時です
主さま
[新たに増える姿。
目の端に映し、また花を見る]
別れといえど。
私はこの手をはずすつもりはありません。
そう言ったでしょうに。
[もそり、と起き上がる様は獸の姿に似ていた。
色切子の色彩の下でゆっくり体を起こし
一つ二つと瞬き重ねて立ち上がる。
死んだという実感がない。
蓮の花の匂いはあれど、
それを塗り込めるように灰墨の匂いがしていた]
[起き上がる姿
同じ、人に非ずとされるもの。
冬色で窺うように流し見る]
人が死して 行く先に
獣のゆきみちは、ありやなしや
[握った主の手に少し力込めて
背を靠れさせたまま、吐息ひとつ]
……この先が、赤く染まって見えぬ故
不安が胸を埋めたのです
傍に居るよ、セシル
……ずっと此処に……
[桜の内に微かな微かな気配
傍に人ある今は、聞き取れもしないような声だけど]
[燃えている。焔は闇を塗りつぶすように
紅く、紅く、紅く。
白い鳥は蝶の傍に在りて
主の姿を探す。
絡めた指を、握り締めた。]
…―― 紅い ……
[「隠れて 隠れて」
幼い子供の声が、焔の中で揺らめく。]
主さま
……どうか、この手
さいごまで繋げて置いてくださいね。
[淋しげな冬の色した瞳を揺らし
背の温もり感じながら、吐息をもう*ひとつ*]
『隠れて―――かすみ、』
[またふわりと、]
『―――…かすみ、』
[浮かんでは消える童は見つけられぬ姿を呼んで]
『―――…かすみ、』
[呼んで、]
『………見つかってしまう………。』
[か細い、啜り泣く声。童は花達と膝を抱えて蹲り]
[――――…いきて、]
[願いは狭間にも消えることなく、
童の影は燃え盛る炎の中に消えた。*]
[地べたに直接ぺたりと坐り込んだ影は揺れて、手をのばす。
のそ、と獣のように緩慢な動きだった。
その先には膝を抱えた子供がいる]
───。
[伸ばした手はするりと。
まるで手妻のように形を変える。
頭を撫でようとした手は、黒き獣の前足に。
猫のものよりも少し硬い肉球は子供の頭に触感を与えられるか、さて]
[叩く、というよりはじゃれるような光景になった。
たす、たす、と撫でようとしているのは解るのだが姿が追い付いていない。
ちらちらと、視界に揺れ始める赤を
青黒い瞳はじっと眺め、時々眼を細くした。
子供の傍ら座り込んで、館の行く末を黒い狼はただ見守る]
[耳がぴく、と震えてきょろきょろと、辺りを見回す。
気になっている声は何処から聞こえてくるのだろう。
けれどその声を追いかけることは今はしない。
子供の傍ら、黒い尾をゆらりと揺らして
大きな獣はただ、そこに───在る]
[セシルがイアンに語りかける傍
冬の気配は静かに、其処にあった。
櫻が、冬から春へ向かうを
囁きどおりずっと傍で見ていた。
冬混じる人食いの花は
主と手繋ぎ
子供にじゃれる黒い獣を見ている]
……
[獣に変わる姿は彼のもの
子供にも面影があった。
あいた片手が、無い眼鏡の蔓を持ち上げる仕草]
───。
[ゆらりと黒い尾が揺れて視線のほうを振り向く。
其処にない眼鏡を押し上げる仕草。
わらうかのように、くぁ、と小さく欠伸のような姿]
───。
[冬花の手を握る僧侶をちらりと鉄色は見て
それから冬花を見て、鉄色をただ細くして
結局は子供の傍にいるままなのだが]
――――、はな の ようだ
[指絡めていない方の手を
焔へ伸ばすと
ちり、と揺れて踊りすり抜ける。
高嶺の花は摘まれ、折られ、
高嶺自身も片割れの月に落とされる。
ないているこども。
あれは、誰]
…、狼が…
[鉄色の眸が、見えた]
……貴方さまは
どのような姿にあっても
相変わらず……意地が悪い。
[子供の傍には行かず
黒い獣に、少し唇を尖らせて呟く。
恨み言のような声は軽い]
[燃ゆる焔を見詰める苔色は、どこか遠い昔に想い馳せるよう。
業火に身を投じたいと願っていた過去。]
――……糸が
[双花の片割れが手を伸ばし掴み損ねた焔が、
繋いだ手に在る2本の糸を煌めかせた。
その先、続くのは、童が持つ白と紅の花に。
それが、鵠の裡、浮かんだ疑問の答えになろうか。]
傍にいっても、えぇもんか、悩むなぁ。
[「隠れて 隠れて」聴こえた声。
おそらくそれは、彼の人が死に際
「生きろ」と声かけた月の片割れになのだろうが。
想い悩むように絡めた指先に力を込めながら
なんとはなしに、花の主の傍らにある狼の鉄色の眸を見詰めた。]
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