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[その事実
人狼として、人に殺められる覚悟も決められずに終わった情けない己には
酷く重く、耐えられないもので。
場の騒動の結末を見届けることも無く、残酷な目に合わせたメルヤを置いて
人を家具を壁をすり抜け逃げ出していた。
……昔から辛いことからはすぐに逃げ出す、どうしようもない男だった。]
[辿り着いたのはかつて過ごした記憶がある思い出の部屋
そこで人間達が仲間が何をし、何を話したかなんて、知ることはない。
その隅で膝を抱えている。
目は昏く黒く、姉を失ったメルヤに似ているのだろう。
今や相棒でも家族でも無いあの子に。**]
メモを貼った。
メモを貼った。
── …… ケヴィン 、
[ 掠れる音は、宵の中へと溶けゆきましょう。]
─ 3日目/メルヤと ─
[ キャサリンの仇を取ると話す彼女の眸は、
昏く暗くあり、滲むこともありませんでした。
気丈を振る舞う彼女も、異常なこの場に、
心が追いついていないのだろうと、思います。
だからこそ、心配なのでした。
キャサリンやトレイル、彼らにしか、
心を開くことの出来ていないだろうメルヤ。
私では、だめなの、かもしれません。
…… それでも、貴方の心を軽くしたいと思うのは、
私の自己満足であったのかもしれません。]
── …… いつか、私にも、
[ 心を開いてくれると、いいのに ……
小さな言葉は、届くことはないのでしょうね。]
[ トレイルを探しにゆくと話す彼女、
ひとりにはしたくありませんでしたし、
私自身も、彼の姿を探し出しては、
言の葉を交わしたいと思うのです。
ですから、メルヤの隣を歩こうと、思うのでした。
ですが、何故だか隣に並ぶことは躊躇われ、
後ろをついて、降りるのだったのでしょう。
その後のことは、目まぐるしいものでした。]
[ 階段の曲がり角、聞こえる声は、
…… トレイルの死を、告げました。
メルヤは、其の儘、向かうのが見えましょう。
私は、階段の隙間から、
ローズマリーの衣服の汚れを捉えました。
そして、耳に届く言葉に、
ガツンと頭が鈍器で殴られたように鈍く響き、
私の足は、床に縫い付けられたよう。
前に進むことは、ありません。]
どうし、て … うそ、 そんな
[ 紅く染まる、鉄錆の、いろ。]
[ 階段の壁に背を預け、ずるりと崩れ落ちましょう。
私の与えた、神の啓示の所為でしょうか。
いいえ、違いありません。
ローズマリーの、綺麗な掌を、
私が 穢れさせたのです。
其れだけでは、なく。
トレイルの死をも、私の心を揺れに揺らすのです。
あのとき、私はどうするのが正解だったのでしょう。
私は、何をすればよかったのでしょう。
この力は、正しいものなのでしょうか。]
[ 信じられぬことばかりでした。
壁に凭れ掛かり、天井を見上げます。
神は、何をお考えなのでしょうか。
神は、私に何をさせたいのでしょうか。
ぼうと、天井が滲んでゆきました。
ヴェスパタインが、狂ったように喚く声は、
私の耳には届いてはいなかったのでしょう。
私は、神にただ、問いかけ続けていたのですから。
けれど、神は都合の悪いことなど、
返事をしては、くれないのでしたね。]
[ 知らぬ間に、刻は進んでいたのでしょう。
この力の使い道も、己の存在も、
分からぬことばかりではありました。
…… けれど、与えられたものは、
神は使えと望むのだろうと、
聖堂に今夜も向かう為に、ふらりと、
立ち上がったときだったでしょうか。
階段の下から突如現る、黒い影
…… ── 貴方は、
[ 言葉を紡ぎ切る前に、
その影は私の首元に食いついたのです。]
[ 牙が減り込むのが、分かります。
的確に頚動脈を貫かれ、
紅い噴水が湧き上がるでしょう。]
── ひゅ 、は …… ッ
[ 声はもう、二度と出せぬのでしょう。
この唇はもう、唄を紡げないのでしょう。
鋭い牙の、持ち主は、
最期に視界に映る姿は、
人の皮を被った、醜い金髪の男の姿 ── ]
[ 意識を手離してしまう前に、
音の出ぬ喉の代わりに、
唇は、とある名を象るのでした。]
…… ── ッ、
[ ── ケヴィン、と。愛しい、かれの名を。*]
[ まことに、まことに、あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、
それは一つのままです。
しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。
自分のいのちを愛する者はそれを失い、
この世でそのいのちを憎む者は
それを保って永遠のいのちに至るのです。
『ヨハネによる福音書より』 ]
[ …… ── 私は、ただ。
皆のしあわせを願っていただけなのです。
みなのしあわせさえあれば、何も要らぬと、
みなで笑ってさえいられるのなら、何も要らぬと。
儚い願いは、雪解けを待つことができず、
花開くことは、なかったのでしょう。]
…… 神は何故、
このような試練を与えたもうたのでしょうか。
[ 目の前に横たわる、己の姿。
醜い姿の自分自身を見下ろして、呟きます。
目蓋を伏せて、現実から逃れてしまいたいと、
淡く思うのでしたでしょうか。]
[ 牙を隠す男の姿は、もうなかったのでしょう。
遠く横切る少女の姿も、認識はしていませんでした。
“ 死 ”を迎えてしまった私は、
突然のことに、まだ実感が湧かないのです。
魂として、いま、意識があるのですから。
其の場に蹲り、己の頬を撫ぜようと掌を伸ばします。
醜い姿とは異なり、いまの私は綺麗なままでしたか。]
[ ───── とどく声に、
私は、はじかれるように顔をあげました。
唇を開き、そして、…… 閉じます。
かれの声は、今まで聞いてきたどれよりも、
頼りなくて、弱々しくて、どうしたのと、
問いかけたくなるほどでした。]
ケヴィン、私が、見えるの、ですか
[ …… 紡ぐ声は、決して届きはしないのです。
私の声に、返答はありません。
彼の唇は、なんども、なんども、
私の名を、綴り続けました。
[ 眉は垂れ、儚く笑みを浮かべます。]
…… ケヴィン、 貴方ったら、
そんなに泣き虫だったかしら?
[ 滲む瞳
指を伸ばします。けれど、私の指は濡れぬまま。
もう触れることは、二度と叶わぬのでしょう。
頬を撫でる仕草をしてみせますが、
かれの熱は、指先には伝わってきませんでした。]
…… ケヴィン、貴方が生きていてよかった。
[ 此処にいるのが、貴方ではなく、
… 私でよかったと。
貴方には、しあわせになって貰いたいと、
私は常より願っていたのですから。
結局、貴方のしあわせが何なのか、
聞くことはできませんでしたけれど。
…… ケヴィン、ねぇ、ケヴィン
私は、あなたが幸せなら、しあわせよ。
[ 何時か綴った言葉をもう一度。
届く筈もないこえを、名を、なんども綴りました。]
[ 私に触れてくれぬ、かれの姿は、
ぼやりと滲み、姿形を、
はっきりと捉えられなくなっていました。
如何して、なのでしょうか。
魂となった私がなぜ、
このように震えているのでしょうか。
分からぬこと、ばかりでした。
かれが、何かを言って、場を離れます。
そのあとでしたでしょうか、
花屋の少女が、私の身体を拾い集めたのは。
[ ぼんやりと、立ち尽くしている間でしたか。
再び、かれが戻ってくるのでした。
シーツに包まれた私は、彼の腕の中にあります。
彼の言葉を聞いて、私は、唇を噛み、
小さく息を吐き出しましょう。]
ケヴィン、 私は、 ……
貴方に触れても、よかったのかしら。
[ 本当は、もっと、触れて欲しかった。
本当は、もっと、貴方に触れたかった。
我儘な私は、髪に触れられる以上を、
求めてしまっていたのでしょうね。]
[ 私の使っていた部屋まで、
運ばれるあとを、私はついてゆきます。
寝台に横たわる身体、重なる指も、
こうならなければ、触れ合えなかったのかと、
そう思えば、此れでよかったのかと、
私は、ぼんやりと、思ってしまいます。
…… けれど、中身のない私は、
体温を分け合うことのできぬ私は、
本当にこれでよしとは、できないの、でした。]
ケヴィン、 … ねえ、
一番心が安らぐのは、貴方の傍なのよ。
…… 知らなかったでしょう?
[ 私は、私が居たい場所にいるのです。
彼の隣に、私は膝を立てて座りましょう。
伏せられた目蓋
[ 温もりも、柔さも、感じられぬことは、
わかっています。でも、最期なんだもの。
此れくらいの我儘は、赦して欲しいのです。]
おやすみなさい、…… ケヴィン。
[ 濡れた睫毛を伏せて、少しだけ身を寄せて、
彼の唇に、そっと唇を重ねたのでした。]**
メモを貼った。
メモを貼った。
メモを貼った。
メモを貼った。
[ 名を呼ぶ声で、顔をあげたときでしょう。
かれの傍には、ヴェスパタインと
ローズマリーの姿が、ありましたか。
私の所為で穢してしまった掌を思えば、
もう感じる筈もない感覚が、胸を抉りましょう。]
マリィ、 …… ごめんなさい。
[ 彼女をちらと見るだけで、真っ直ぐと、
錫色に映すことはできませんでした。
あの朝、私に体温を与えてくれたのは、
きっと貴女だったのでしょうね。
優しい、あなた。私の眼に映るあなたは、
偶像でも、誰かの代わりでもない、
…… ローズマリー、
大切な、ひと。]
[ ケヴィンと、唇を重ねる仕草をしたとき、
私の耳に、とおく、囁く声が聞こえたでしょう。
気丈な彼女の瞳から、溢れる雫を、
私は拭うことも、知ることもできません。
ただ、その声だけは、届くのです。]
── …… ローズマリー、
しあわせに、おなりなさい
[ 昏く沈む天井を、顔をあげて見上げましょう。
動きと共に、はらりと髪が流れます。
窓の外、止む気配のない荒れる雪よ。
はやく、鎮まれと、願うのでした。*]
メモを貼った。
[追いたてられる獣になるのを恐れ、味方を欲した時。何故真っ先に彼女を選んだか。
ふたりの間には確かに絆があったからだ、それが、もう過去のものだとしても。
ならば、あの日々を覚えているのなら。
人狼だと打ち明けても直ぐに殺められることも逃げ出されることも無いと、知れたのではないか。
しかし、それは無理なことだった。
己が殺したからだ。彼女の姉を。
美しい金髪の女を、お喋りな口も菓子を焼く手も細い身体も無惨な赤黒い肉片と変えたのだ。
言えるわけがない、
どんな顔をして言えと、いうのか。]
[孤児院、とは名ばかりのものだ。
修道院の建物の一部を使いそう呼んでいただけの形式上のもので、おれ達が成長するにつれて子供も少なくなり、今やそれすらも無く。
だからその頃から、家族はそう多くも無くて。
浮かぶ顔は知れたもの、絆は狭く深く。
ひもじい日も、寒い夜も、身を寄せ合って生きた。
寂しい玩具に、親と手を繋ぎ歩く同年代の子供に、お姫様が纏う綺麗な衣服に思うことがあれど、口には出来なかった。
泣くことも、己は男だからと成長するにつれて誰の前でもしなくなった。
だけど遂に、ひとりで密やかに涙を流す権利すら喪ってしまった。]
[
オルゴールを鳴らす者はもういない
時が止まったように、沈黙するばかりだ。*
]
[ … 永い夜肌を、感じましょう。
立てる膝を抱き締めて、漏れる寝息に、
頬を弛めて、彼の寝顔
迎える朝が、貴方にとって良き日となるよう、
神に祈りを捧げるのでした。]
─── …… 、
[ 唇を、そろと開きます。
隙間から、奏でるのは、幸福を願う譜。]
[ かれの瞼が持ち上がるまで、
私は、傍に在るのでした。
いつ迄、こうして魂を保っていられるのか、
此処に在るのは、後悔の念からでしょうか。
いつか、離れなければならぬのならば、
そのとき迄は、傍に在りたいと想うのです。]
… おはよう、ケヴィン。
[ 穏やかな表情に、安堵しました。
私の名を綴る響きに、胸が温まります。
… けれど、中身のない臥せる私は、
応えることが、できないのです。]
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