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[何やら特徴のある厚めの紙に注がれていた視線は、
耳元に届く優しい風に、ゆるりとめぐり。
――今すぐ呼びたいのに。
お預けを命じられればくしゃりと顔を歪めて。
頬を擽る指先の冷たさに、自身の熱を思い知らされた。
言い付けを素直に守る処は我ながら可愛げがあると思う。]
えっ、嘘、どこ
[遮られた言葉の代わり、
滑る指先にうっとりと目を細めた先の指摘に
はっとなって触れる部分には何の感触もなく。
嘘だと気づけば、またからかわれたと拗ねてみせる。
何が口惜しいって。
それでも構われて嬉しいと、こころのどこかが綻ぶことだ。]
――― 夜の戸張から ―――
[おれは、寝ても醒めても走らないから
何時も、公園を駆け抜け去っていたリツ
歩き、流れる景色を、今は二人で、過ぎた。]
リツに、その心算がないから。
……… ないから、おれの勝手。
[それは、彼の所為にしたくない我が儘でもあった。
眉尻の角度も、唇の角度も、今は笑っている。
それで良い――― と、思う。]
――― 部屋 ―――
[大丈夫
そう言いながらも一度目を瞑るので
獏の身としては、 ……寝るのか、寝るのか?
そんな面で、横顔を眺めてしまったけれど。
足取りはゆるやかでも留まることはなくて
見慣れない集合住宅、人間なら見慣れた景色。
角部屋に案内を受けた。]
………
[青が目に安らぐ、視界。
きょろ、きょろ、視線を揺らすのは、許せ。]
[人間は、寝る前に歯を磨く。
人間は、寝る前に、着替える。
リツは、如何か、窺い、動くのならば、手を離す。
なにもしないなら――― ベッドか布団か、攫うのだ。
大の大人、おれみたいな図体が伴うサイズとして
如何なのだろうと言う感慨は、持たない。
狭くとも広くとも獏は約束を果たすので。]
リツ。
[寝る前に、呼ぶ。
此処まで来ると、ねむい、また、おれは、ねむい。
獏の添い寝に誘って、夢の約束に、誘って。]
[夢まで伴えば――――…
此処に居るのは、獏だ。
全身を黒く染めた、やたら図体のでかい、獏。
でかい尻を地べたに付けて、細長い尾を揺らして
夢だろうと、ふわあ、欠伸を漏らす**]
―帰り道
―――、
……あんたが、そう、言うなら
[笑っていたから。
何だか照れくさくて、
目をそっと、そらした。]
メモを貼った。
−それから−
[店内のあちこちで、いくつかの熱が灯る中。
緩やかに時は進み、やがて閉店の刻を迎えた。
昼の営業から、夜の営業までは数時間の空白がある。
常ならば一旦帰宅し、
食事や風呂、仮眠を取って過ごすのだが。
水以外は喉を通らず、一睡もできなかった。]
どーしちゃったんだろ、おれ
[あの男――千冬のことを、
ここ数年意識していたことは、違いない。
この地を去った養父の帰りを待ちながら、
いつしか彼の来訪をこころ待ちにするようになって。
また来年、と去る背を見送る度に、
これが最後かもしれないと、一時不安と寂しさに襲われて。]
[今年も、同じだろうと思っていた。
気まぐれにやってくる東洋の神秘。
しんしんと降り注ぐ雪のような静かな、優しさに。
触れたくて、振り向いてほしくて戯れを繰り返し。
口惜しいと呟く度に募らせた想いの、名は。]
――…
[思う処はいくつかあるが、とにかく、会いに行こう。
籠った熱を落とすようにシャワーを浴びて、
職場に飲みに行くのに、畏まるのも気恥ずかしい。
あえていつも通りの、
カットソーとデニムというラフなスタイルで。
髪型だけ、営業時と同じように緩く束ねて部屋を出た。]
お待たせ。――…いこ
[待ち合わせの場所は何処だったか。
時刻通り姿が見えれば、なるだけ平静を装うも
逸る鼓動と、火照る体温は制御不能。
並んで、慣れ親しんだ路を歩く間。
訊きたいこと、言いたいこと。
何から、どうすれば。
繰り返しの年月に終止符を打てるだろうか。
ちらちらと横目で伺いながら、
ここ数日ずっと思案していることを、脳裏で繰り返す。]**
メモを貼った。
ー 夜 ー
[夜中に閉ざされたこの領域は、昼間と色違う姿を現す
―――、そしてそれは、自分も同じ事。 ]
[例えば長いこの黒髪は、夜に似合わぬ細い銀糸と変わる。
それは、トレイルも恐らく見慣れた姿でもあろう。
隠すものでは無いと、夜には曝け出していた。
されど、変化はもう一つ。
それは、
人前で晒すことの無くなった
深紺の着物の中の、―――純白なままの翼。]
[待ち合わせ場は
デニーが経営するバーの路地裏
時刻ぴったりに来たので到着はほぼ同時か。
今は外。当然昼間と同じ容貌の自分の双眸が
視界の端に捉えた影は
遅刻とは程遠い誠実さ
行動で以って性格を裏打ちしてくれる人物の姿
自然と両の足は、彼の元へと近づき
そのまま夜の喫茶店へと、共に向かおう]
…似合っている。
[真面目にか、それともからかいか。
されど、一途な眼で普段と違い彼を見遣り
そっと指差すは、束ねた彼の前髪ら辺]
[ それと、 ]
…――ひとつ、問おう。
普段の私と、夜の私、お前はどちらが好ましい。
[彼が
此方は、今日この時間まで
先に伺おうと予定していた疑問を放ち]
店に着くまでに応えなければ、このまま…。
[静かに奪ったのは、自分より一回り小さな彼の利き手。
繋いだ指。
先程から地味に刺さる視線を、無理に合わせ
最悪を口にすると、薄く笑い飛ばす]
[間もなく着く、喫茶店へと歩む足音
スーツケースを引く、不協和音
其れ等を越えて、耳横でずっと響くのは
随分と懐かしく思える、自分の心臓の音色だった**]
メモを貼った。
―部屋
……寝ない
[視線をかなり感じたので、
大丈夫、と同義のつもりでそう言った。
自分の部屋に誰か居るというのは、
ちょっと、不思議な感じだが。]
ベッドとか、座ってて、いい
[小さい椅子とか、
机備え付けの椅子とかでもいい。
エフはきょろきょろしている。やっぱ、始めてくる部屋だし、落ち着かない、か]
[酔っているとはいえ、
ざっと、シャワーくらいは浴びよう、という考えくらい残っている。
指先を離すとき
名残惜しげに思ってしまうけど。]
……あんたは、どうする?
[シャワーとか、使いたいならどうぞ、と言うつもり。
いつもどおり、
上着を脱ごうとして
エフの視線、感じて慌ててバスルームのほうに隠れた。
なにしてんだ。
どういう意識の仕方だ。
おちつけ]
ベッド、狭いかも
[ふわっとした意識で、
寝にくかったら悪いな、と
思いつつ歩みよる。
そうして、そのまま、攫われる。]
……―っ、
[寝る前。名前を呼ばれる。
添い寝されるとか、いつぶりだ。]
…エフ、
[そっとささやくような声になる。
どきどきはするけど、それ以上に、心地いい感。意識がほどけていく、ねむい。]
―夢の中―
[――閉じたはずの目を
また開いくと――そこは、黄昏の街。
俺はぼんやりと、座り込んでいる。
あくびが聞こえた。
そろり、と顔を向ける。見上げる。]
――ぁ
[大きな、大きな、獏がいる。
長く伸びた、夕暮れの影みたいに真っ黒。]
――…、エフ?
[遠慮がちに名前を呼び、そろりと手を伸ばす。すごい。夢の中だろうに、触ってる感覚が、ある]
メモを貼った。
―夢:黄昏の街―
……――でかい
[でも、こわくはない。
コテツ店員に、言ったとおり]
こんな、でかいんだな、……あんた
[ちゃんと、約束通り。
ゆめのなかに、いる。]
[ 黄昏。
いつもの悪いゆめは、
珍客に関係なく、
思い出を再生した。 ]
――ぁ。
[ 通りの向こう側。
親友と、あいつの彼女の背中がある。]
……、……
――
[ 俺は、ただそれを見つめているだけだ。 ]
……エフは、この夢、覗いたのか
[ 俺はいま、どんな顔してるんだろう。
自分じゃ、分からない ]
[月明かりと、薄暗い街頭の中。
浮かぶ漆黒の揺らぎは、
夏の夜風に擽られた艶髪。
昼間の、誰もが知る姿。
しかしそれは、彼のすべてじゃない。
それをトレイルはもう知っている。
長らく眼前に晒されない翼。
無くしたのか、秘匿しているのか。
その理由は知らない。
気にはなっても、詮索したことはなかった。
彼に限らず、人ならざる者の夜の姿は、
人間の利己で悪戯に暴いてはいけないと
養父からきつく教えられていたから。]
−−…どーも
[開けた視界に映る双眸の真摯さに、
からかい混じりでもいいやと世辞を受け取り。
答えを探し、見つからない間に投げられた問いに、
物思いは一時中断して、睫毛を震わせ。
そうだなあ、としばし逡巡するうち、
心地いい涼が掌に伸び、指先を包む
利き腕から心臓まで電流が走った。気がした。]
……
[答えはとうに出ているが、でも。
店に着くまでは無言で、歩く。
逸らそうとしても捉えられる視線に、
愉快そうな笑みに、つられるように笑って。]
[手を繋いで歩くなんてこどもっぽいと、
数年前のトレイルならすぐ振り払っただろう。
今はそんな、もったいないことはできない。
ぎこちなく指先に力を込めたり緩めたりを繰り返し、
温い夜風の中を進む。
石畳を踏むスーツケースの無骨な音が、
心音を誤魔化してくれないだろうか。
重なる鼓動は、より大きく響いて耳朶を擽る。
やがてツタに覆われた、怪しげな外観の先。
普段開けることのない扉が見えれば足を止めて。
一寸、向かい合い。空いている方の手で、
さらりとした絹の如き一束を掬う。]
[ここから先は、彼らの領域。
中に何が待ち受けているかなんて知り尽くしているが。
客として訪れるのは初めてで、深く息を吸う。
畏れは、ない。不安もない。
あるとすれば常連や同僚の揶揄くらい。]
さっきの、あれだけど
……どっちも、千冬でしょ?
選べないから、楽な方でいいよ
[本来の姿の、天然の銀髪や広がる翼も。
仮初めの東洋の神秘も、
トレイルにとっての価値は同じだ。
欲しいのは、惹かれたのは器だけじゃない。]
あ、でも店が混んでたりして
邪魔になりそうだったら
翼はしまっといて
[さりげなく、意を決して名を呼んだ後。
こみ上げる恥ずかしさとか、
解禁となった悦びを誤魔化すように早口で追加するのは、
店員らしい注意混じりの冗談。
摘まんだ毛束を離すついでに、
するりと払うように肩を撫でて、いざゆかんと扉に手をかける。]
……どーも
どこ行く? 奥のテーブルでいい?
[できるだけ、なんでもない風を装って
出迎える店員に軽く挨拶を送る。
自然に剥がれない限り、指先は触れたままで。]**
メモを貼った。
メモを貼った。
――― 寝る前 ―――
[喫茶店に人間を招いたことも初めてだが
人間の部屋に、きちんと玄関から訪れたのも初めてだ。
鍵の掛かっていない夢の扉を開くこととも、違う。
ぼんやり、眺めていたら、促す声
獏は素直なので、うん、と、頷く。]
天井、届きそうだな。 …… 届いた。
[背の丈と、腕の長さで、言った矢先。
伸ばした指が天井に触れて、笑った。
それから、ベッドの隅に腰掛け、リツが来るのを
じい、と、躾けなく、眺め待っていたのである。]
[解いた指先は、両手を組み、腕は膝の辺りに。
すこし気を抜いた姿勢で
如何するか、と、リツ
明らかに、何を指されているのか理解していない顔。
だから、なにが、と、言おうと、口を開いたのに
視線の先がそそくさと逃げてしまったので、瞬く。]
…………
…………
[おれは素直なので
座って、と言われたベッドから
リツが戻って来るまで離れなかった。
物言いたげな面くらいは、していた。]
――― 夢 ―――
[獏の添い寝に
腕で攫って、呼ぶ名前を子守唄に、目蓋を降ろした。
その次の視界、目を開けば、黄昏の街並み。
夕陽に向かって男女が仲睦まじく歩く、光景。
その陽を受けて、おれの影が長く広く伸びていた。]
うん。
[ぱたん、細長い尾が地面を叩く。
どちらが先に見付けたか、僅差でリツ
おはよう。
腕が短いのは、難だねえ、
今まで考えたことがなかった。
[両腕を揺らした。人間の半分だ、この長さは。]
[でかいだろう、と、黒い生き物は、黒い目を眇める。
短い足で器用に尻餅を付いていて
視線の先
あんたの夢を覗いてから
ずっと、この夢は何なんだって、考えてた。
悪夢なのか、大切な夢なのか。
結局、後者……… だったのか?
メモを貼った。
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