276 ─五月、薔薇の木の下で。
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[ 耳に落ちる囁きに、ぞわりとしたのは仕方ないこと。
そんな誘われ方をして《こない》わけがない。
でも――― ]
その望みは、ちっと叶えられんかもだわ。
俺は犯したりは出来ん。
人一倍優しくするし、殴るより罵るより
甘く囁いて酔わせてたいね。
とびきり激しくなら、出来る。
[ 同時に身体から何かが抜け落ちるような感覚。 ]
―――ああ、そうか。
[ どろりとしたものが溶けて、流れていく。
マークが知った色はきっと
夜の射干玉(やみ)が払われた、東雲(ほんらい)の瞳の―― ]**
順番に寝て、なんでそれで朝になんだよ。
なんなんだよお前らは、さあ!
勝手にいきなり巻き込んで話もなしに放置されて。
巻き込まれたのは、全員そうだった。
[静かに届く声に、覚えはあるだろうか
あまり関わりは無いが、式典で発言することの多い生徒会長
教師と同じように聞き流す対象ならば、思い出さないかもしれない。
相手に必要なものは説明だと感じた。]
僕達は薔薇じゃない。全員、呪われただけ。
君と同じ学校で過ごしていたただの生徒だ。
呪いだ、身体を蝕んで、人間の衝動を増幅させられる。
とても皆に打ち明ける気にさせられるものじゃない。
だからといって、許せとはいわない。
[純粋な被害者は、こちらではなく彼のように怒る誰か。]
君に怒りがあるのならば、僕が受け入れよう。
好きなように扱ってくれて構わない。
何一つ抵抗はしない。
[遊び一つない真面目な声。
怒る対象を守ろうとする存在のものである以上、どう響くかは分からないが。]
だけど、薔薇のことは許してくれ。
あれに害を与えれば、あいつがきっと死ぬだろう。
一人だけ、おかしい奴が呪われていた。
薔薇はきっと、あいつには違う呪いをかけた。
君が誰かを想い怒るように、
薔薇に捕まえられた存在を、僕は
────……あいしているんだ。
[彼が俺達に怒り、思い遣るのは誰なのだろう。]
[話は続く。
何も教えてあげられずにいた相手へ、伝える為に。]
僕だって寝た中に会いたい人が沢山いる。
僕は呪われてからずっと、誰にも何もせず
我慢してきて、やっと終わりが見えた。
僕は誰一人眠らせてなんていない。
[実のところ、求め続けてはいた。
持ち出すのは狡いのかもしれないが。
この点は、俺一人だけが違う。]
実のところ、解決方法は僕達にも上手く説明出来ない。
話を聞いてくれる気があるのならば、
君とそれについて話したい。
僕の話を聞いて、君はどう思った?
素直に言ってくれて構わない。
[長い語りはそこで区切りを迎える。
相手の選択が話し合いでも、もう一方でも。
最後に残った俺は、逃げはしない。]*
[ぶつぶつ言いながらも刻まれた痕は
もとある聖痕を塗り替えていって*]
[苛立ちもあらわに多少乱雑にロビンを抱え
引きずっていると声が響く]
アア?……あ、イアン先輩か。っすよね。
[その声に心当たりがあったのは
壇上で響くものと同じこと
ロビンがその名前を言っていたこと]
だから、巻き込まれたンなら
「巻き込んだやつがいる」ってことだろ。
そいつを殴りたいって思っちゃ悪いのかよ。
……………………。
あっ、はい。
イアン先輩がそいつすげえ好きで庇いたいのは理解したっすよ。
[その熱弁というか予想外に熱すぎる告白に
毒気が抜かれた顔になるが未だ棘は刺さったままで]
とりあえずロビンが寝たんで運んでて、そっち行きます。
ケヴィン先輩もどっかで寝てるはずっす。
俺はちょっとそっちは運べないんで……は、あッ
[休み休みでもロビンの身体はなんとか運べたので
とりあえず野ざらしなのは避けられただろう
医務室の空いているベッドに乗せると
一応メガネは外して枕元に置いた]
上着は自分であとで拾えよ。
今ケヴィン先輩見たら多分手が痛くても殴っちまう。
[浮かされる熱が想いを焦がさせる
勢いと××に任せて甘ったるく囁いた穢れた誘惑。]
……それは、確かに酷い。
[しかし返った言葉と言えば。
……小さく笑った。]
[俺は何も見えない、誰かの夢も覗かない。
何が起きたのかなんて、知る由はないのだが。]
…………頑張ったね。
[どこかその声が、穏やかに聞こえた気がした。
まるで何かから解放でもされたみたいに。
一時、世界に蓋をするヴェルツを
ふわりと香りが包み込み、囁きが落ちた
残り香のように淡く、優しく。]
── それから ──
悪くは、無いんだろうね。
[間違いとは思えなかったので、肯定はした。
ヴェルツを巻き込んだ者と認識していなかった
しかし、一人だけが違ったのも事実。
ならば、彼の殴りたい相手かもしれない。
でもそれを身代わりたかった。
ここからは見えない顔、しかし伝わるもの
引かれたような気がして頬を掻く
必死に喋りすぎて、つい。
理解されたのなら状況への悪い影響は無いと、思う。]
ケヴィンか……、
君はロビン君に何処で会った?
ケヴィンの居場所に心当たりは無いかな?
[運ぶのは厳しいなと思った。
体格的にも、居場所を知らないことでも。
自分は机に齧り付いてばかりだ。
しかし出来ないことでも無いだろう
きっと覗いた先にいた後輩であろう、彼よりは。
問いには返ってきたかどうか、まだ動いてはいない。]*
[ おちる。
瞼を閉じる俺を、清らかな青い世界は拒絶するだろう。
悪魔に憑かれていた俺を受け入れることはない。
夜の夢の中に紛れ込むことは、出来ないけれど。
薄れる意識のなかで。
やわらかな、言葉が降る()。
キラ、キラ、キラ。
まるで《あの時》の木漏れ日みたいだ。 ]
[ ここからの全て押し付けて、眠ってしまうこと。
そんなことが正しいだなんて、もちろん思ってやしないけど。
目が覚めていっちゃんを見つけたら。
同じ言葉を、返そうと思う──── ]**
お休み。
君の思う人の傍ならば、きっとよく眠れる。
君があいつが原因だと言うのなら
もう本人が眠っている。だから、夜は終わるよ。
[それは最初の対話からは大分あとの声。
何かしていれば、そろそろ落ち着いた頃合い。
納得がいかない様子が返らなければ
無言でも、声が聞こえても、音は途切れて終わり。]
[ ふと、気付く。
自分から、慣れない《人》の匂いがすることに。
慣れすぎた花の匂いが薄まっていることに。
もう、どこからともなく花弁が落ちることはない()。
種が芽吹き、この体に根を張ったからだろう。
だから、もうこの声だって─── ]**
今日はあまり匂いがしないな
…………でも、今のほうがいいね。
[当人もきっと気づいているのだろう。
俺は、その匂いを好んでいた。
だけど今のほうが《人》らしくて。
赤く咲かない声は、嬉しげに君に向く。]
───、────。
[ はくはくと唇を動かしたけれど。
薔薇の香りも掠れたように、声も、また。 ]
…………。
[もう一度行ってみれば、
────真似をするように空虚な動き
目を丸くし、下がり眉で笑った。]
[あの夜、噎せ返った香りは二人の間にはもう漂わない。
それでも尚、離れることがないのなら
お互いがそうしたいと思える関係で、続いていけたら。
親友の隣で、そう思った。]*
― SUNSET ―
[ あれはいつだったか、もう遠いとおい過去のよう。
いつから中庭(そこ)にいたのか
もう、私は覚えてなどいない、遙かはるか昔。
咲くはずの無い、保有しないはずの色素は涙色。
その言葉は《不可能》。
誰が咲きもしない花に水を与えてくれようか。 ]
んへぇ、でっかい庭。
あれ、ここだけ土からっからだけど。
ここ誰か管理してねーの?
[ 言の葉は、まだどこか異国交じりで
顔も身長も幼さを残す《悠仁(だれか)》が
初めて私を、見てくれた。 ]
おまえさー、咲かないね。
[ 声はそれから毎日降り注いだ。 ]
水も肥料もまいてんのに。
[ 彼には特別親しくする友人は居なかったのだろう。 ]
何が足りないのかね?
[ まるで私に自分を重ねるように扱う指に。 ]
[ 私の棘が刺さる。
太陽を飲み込み夜が始まった頃の、お話。 ]**
[お互いをさらけ出して、言葉を交わし、手を伸ばして。
支え合って、立ち上がって、そして。
一年後。一ヶ月後。一週間後。明日。
この人の隣でそれをするのが自分じゃなくなった時、俺は二度目の失恋を、するんだろう。
それでいい。それが、いい。
凍てつかず、燃えもせず。苦しみを知らないこの心は、もう恋とは呼べないものだ。
薔薇の香りが失せた今、俺たちは無二の友になる**]
[理屈も正しさもあるべき形も考えず
友にそうしたいと思ったことをして、
求められるままに受け入れていた。
香りなど無くとも、二人は関係に名前を付けて
傷ませる思いをそれぞれに持ったまま、隣にいられる。]*
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