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[あゝ、それでも。
追憶の一片にある頃の僕の眸と
今し方向けた射干玉に、差異が無い事をと願います。
淡藤の花を見詰めた射干玉は、悲しげに伏せられた事でしょう。
呪詛に侵されつつある僕の心に蓋をして
瞼を伏せて、僕は僕自身に見て見ぬ振りをしたのです。]
おう、じ……。
[貧しい家の出。そして主人の趣味から母国の読み書きさえ対して教わらなかった男は、ただ耳に捉えた音を繰り返す。
重なる手のひらに一つ、またふんわりと櫻の花弁が触れ合えば温かな感触に目を僅かに見開かせながらもやがて小さく瞳を伏せて]
……かめよし。
[確かそう呼ばれていた自身の名を告げれば、息を一つ吐き花は綻びを見せた。
それかまた花籠というだけで同じ檻の中であると知るのは、また少し後のこと。
その時ばかりは伝わる両の手の温もりと櫻の香りに破顔して喜んでいただろう。]
[それからどれほどの時を重ねただろうか。
片手で事足りるくらいの年数ではあるのだけれど。
花になるための規則や教養を伝えられ、八分咲きであっても人前にやっと出れるようになって数年。
愛も幸せも曖昧な記憶しかない花はそれでも、それなりに飽くことなく同じ日々を繰り出し。
それがあの豪奢な館の暮らしと繰り返しであることに気付いていながらも、その末路
何故なら自分は花であるから。
青年であった頃のように自由な足は、蝶のような翅は無く。
あるのは根に絡み付くだけの蔦。
諦念から、慰めに魚を飼ったのはそれからのこと。
きらきらと輝く水面を揺らす金魚を眺めていると肩の力が抜ける。
それは自身と同一視することで慰めているのだと気付いていたけれども。それ以外の気持ちの昇華法など知る由も無く月を眺めていた昨夜の晩。
自身より少しばかり大きな手のひらに引かれて、『外』に連れられた。
花は花であることを、少しの間忘れてしまっていた。]
[けれどもそれも今日で終わり。
地に根を張り巡らせる己が自身を見やりながらごちる。
傷のついた手は、ありし日櫻の花に触れられていたその手。「花は美しくなければいけない
微笑みを形どりながらも
それは人の気配を感じる前であったけれども。
…ちゃんと、咲きますから。
[掠れた声で囁いたのは、誰に対してでも無く。唯々口元には月を乗せた。]**
亀吉、さん。
[僕は、銀花の名前を呟きます。
あの頃は
「とても佳いお名前ですね。」と、微笑みました。
目出度いお名前だと教える事になるのは
それから数日後の事になりましょう。
今の刻、僕は緩やかにその瞼を閉じていました。
微笑む事は難しく、悲しむ事も難しい。
心に蓋をしてしまっているからか
僕の表情は、どこかで迷子にでもなっているかのようでした。]
【人】 半の目 丁助[二人暖かな手を繋ぎ、花主様の元へと。 (135) 2014/09/18(Thu) 20時半頃 |
[『花』である僕は『外』を知らず。
『花』でしかない僕は『花』以外にはなれません。
『ふつうのしあわせ』を知っていれば
『人』になる事が出来たのでしょうか。
何も知らずに育った僕は
毎夜、毎宵、『蝶』に望まれる事こそが『しあわせ』なのです。
それ以外を求めてはならないのだと、謂い聞かされて育ちました。
男と謂う性に生まれたにも関わらず
殿方を満足させるためだけの、命です。
それが僕の、『花』である理由なのでございます。]
[それならばどうして、あんな独り言を語散てしまったのでしょう?
『外』の世界知る方なれば
きっとその世界へ戻れるのではないかと。
そして『外』の世界の方が
幾分幸せなものではないかと僕は思っているのでしょうか。
判りません。
知りません。
自覚(わ)かりたくなどありません。
僕はそっと瞼を閉じます。
『花』としてあるために。]
[悪辣なる男には数多の噂が纏わりつく。
購われた徒花は、行方知れずになっただとか、
大金に任せ、見世から見世を渡り歩いただとか。
当人に問いかけても箔がつくと嗤うばかりで、
根も葉もないと、花を喰らう。
手癖も手口も優美でなく、洗練でなく、作法を知らぬ。
そんな男の手に今宵堕ちたのは、花にしては未熟な銀月。
月下蝶を尻目に、夜蛾がひら、ひら、飛んだ。]
[本当に待っていたのは月ばかりではないけれど、
それは男が張り巡らせる誰も知らない秘密の姦計。
月下蝶に櫻花の君。
狙いままに下りくれば、同じ蝶にのみ届く音階で笑気を漏らす。]
そう、物欲しそうにしなさんな。
今宵の月輝は俺が買った。
[挑発の声色が伝える理。
望まれれば銀月は身体を開き、心を砕く振りする。
誰にでもこうして、蜜を与えるのだと思い知らせるように。]
【人】 半の目 丁助―地下牢へと― (149) 2014/09/18(Thu) 22時頃 |
[櫻の花と黒蝶の交わす囀りを。
毒蛾の漏らす笑気を。
僕はただ聴いていた。
花に留る蝶を演ずるならば慣れねばならぬのだろう。
毎夜訪れる夢が一度限りの誠であることに。
眠りに落ちて見る夢がそうであるのと同じように。]
‘Tis better to have loved and lost
than never to have loved at all.
(一度も愛したことがないより、
愛して喪った方がどれほどしあわせか。)
[呪詛に軋んだのは、僕の心だったのでございます。]
[面と向かい合わせ、とはいえど彼が此方を向いたかどうかは分からない
背を向けたままだったかもしれないし、対面していても視線は合わせてくれなかったやもしれぬ
さらりと焦げ茶の髪が夜風に揺れる
今宵も蝶は舞うのだろうか。色鮮やかな花の上に
だとすれば今宵この月を割れた鏡で蝶から覆い隠してしまったのかもしれない
明日には逢えなくなる月
友と呼んでもらえる資格ももう無くなる
下町の娼館に払い下げられる]
――朧
[小さく、友の名を呼ぶ
その声はきっと不安と、哀愁に満ちていたろうか
下町の娼館はここほど甘くない
金を返せなければ薬漬けにしても、日に何度客をとらせてもいいとばかりに無体を強いるらしいと噂に聞いた
ならば最後に彼に覚えていてもらえるなら綺麗な笑顔のままの自分で居たい
忘れてもらえるなら、酷く醜い藤のままで居たい]
[だから、今から云うのは凄く身勝手な願いであるとわかっていた
栞の花言葉に込めた願いが本当のものであると、悟ってほしくなかった]
私の事は、忘れて下さい
[忘れないで。ずっと友として傍にいたかった]
――――月と藤とでは、住む世界が違ったんです。
[貴方の年期が明けるのを、共に祝いたかった]
貴方もそう、思うでしょう?
[お願いそう思うなんて云わないで]
だから、私の事など、いなかったとお思い下さい。
根腐れする花など――最初からいなかったのですよ。
[囁き落としてくるりと踵を返す
彼に最後向けたのは、極上の笑みだった
踵を返した後、頬を伝い零れ落ちる雫は見ないふりをして]
では蝶が呼んでおりますので、これにて。
[さようなら、と泣きそうな色を帯びて小さく呟いた声は、彼の耳に届いたろうか]
【人】 半の目 丁助[異国の単位は、何時かに読んだ本の知識をおぼろげに、頷き返す。>>154 (158) 2014/09/18(Thu) 22時半頃 |
――ああそれとも。
"また一緒に"向かわれますか?
[問う声は、震えていないと信じたい
着物の袖を握る手は、酷く冷たい]
[小さく、名を呼ばれる。
何処か気まずそうに、それでも確りと藤之助を正面に見据え瞳を覗き込むように見る。
黙って我が友の話を聞き進めていけば、段々と表情は暗くどこか苛立ちの色が混ざっていく。
事情は知らぬが、何かがあった事くらいはいくら鈍感な朧でも察することができた。
そのくらいの情報は、朧の手元にあったのだ。
それゆえの、苛立ち。]
藤之助。言いたい事はそれだけか?
[全てを話せとまでは勿論言わない。
だが突然、そんな事を言われてしまえば驚かない筈が無い。
何時もならば確りと言葉を選び発するが、選ぼうともせずに口を開く。
背を向けた藤の花に、問いかける。
女々しいものだと分かっていながらも僅かに声を荒げる。]
――お前を唯一無二の友だと思っていたのは、俺だけだったんだな。
[懐に仕舞った栞の花言葉の意味と真逆の言葉を吐く藤之助を、ただ真っ直ぐに見つめた。
それでもそのまま歩みを止めないようならば、静かにそれを見送るのみ。
一つの花に『月』如きが心を開いた結末がこれならば。]
[震え声も知らぬふりをしよう、泣きそうな声も自分の幻聴だと言い聞かせよう。
『最初から藤色の花などありはしなかった』と瞳を閉ざそう。
向けられた極上の笑みは、笑み、は……]
[言いたいことはそれだけか?という言葉
違う、と咄嗟にでかかったものを飲み込んで
嗚呼振り向きたいのに泣きぬれた顔では振りむけない]
……――
[一瞬、最後の言葉
でも覚えておいてほしいのは、こんな泣き顔じゃない
心を切り裂く言葉には背を向けて、振り返らずに歩もう
月を陰らす雲であってはならないと、唇を血が出るほど噛みしめて
やがて曲がり角に差し掛かればがくり、と崩れ落ちて嗚咽を零す]
……私、だって
貴方の事を唯一無二の友と……っ朧―――
[ぱたぱたと涙が転がり落ちる
藤の着物は、濡れにぞ濡れて
本当は其の背を、追いかけてほしかったなんて、言えない]
[そんな笑い方をするのはやめろ、と。
肩を掴み止められれば、どれ程良かったか。
一度歩みは止まったが
崩れ落ち泣き濡れている事など知る由も無く。
もしも俺が『蝶』ならば。
もしも、俺が友となる事が無かったのなら。
藤之助にあんな顔をさせずに済んだのではと、ズキリと痛む胸を抑えながら逃げるように逆方向へと歩きだした。
宵闇が裂け、朝日が昇り、事の次第を知れば。
………生涯藤色の花を忘れる事は無いのだろう、忘れられないのだろう*]
【人】 半の目 丁助 ふふ。 (181) 2014/09/19(Fri) 00時頃 |
【人】 半の目 丁助 喜んで頂けるのでしたら、そうして頂けるとありがたくはありますが。 (188) 2014/09/19(Fri) 00時半頃 |
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