17 吸血鬼の城
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そうか?
……ならば傍へ来るが良い、私のローズ
[切なげなローズマリーの聲
ひとで有った時の迷いを捨てた白薔薇の聲
未だひととしてのこころ捨てきれぬ風の、薬師の聲
城主は増えた囁きに耳を傾けながら、淡い溜息を洩らす。
何でも持っていると、あの子供は言ったけれど
満たされても満たされても
必ず其の後に訪れる深い虚無感
ヘクターは最期感じ取ってしまったのかもしれない
闇よりも深い絶望の味]
何時でも――…私はお前を案じているのだから。
[言葉は簡単に口にする事が出来る。
案じるという行為を真に理解出来ずとも**]
――…お兄様。
[今すぐにでも向かいたい衝動に駆られながら
女は甘く切なく名を紡いだ。
兄の傍にある気配を影が伝える。
女は何もかも心得た風に]
お客様との戯れを中座させるような無粋……
私には出来ません。
愛しいお兄様……
如何かお愉しみになって……
[案じるという兄の言葉を素直に受け取る。
たとえ、真に理解されずとも
時折掛けられるその聲が女には嬉しかった]
ふふ……お前の心遣いがこそばゆい。
[薄く笑みを浮かべ、聲を返す。
ローズマリーに呼ばれる度、胸に広がる薄い膜
不快ではない其れは何と名のついたものか]
嗚呼
そういえば……私には愉しまねばならぬ義務があったか。
宴の捧げものはどうしている?
あれも、私への捧げものと言うわけではあるまい。
寂しければ其れと戯れていても構わぬぞ。
[ふと思い出した葬列の娘の顔。
けれどあれには毒が混じっている。
純血たる己は恐れるに足らぬものではあるが]
私のローズならば恐らく問題有るまい。
……サイラスは、白薔薇は、どうなのだろうな
あれの血を飲み干す事は
出来るだろうか。
[愚かな人間が作り出した哀れな娘。
ひとの毒が効くとすれば、未だなりきれぬ眷属か。
思考は聲となり零れ落ちる*]
[城主の声が聞こえる。
毒華も、城主やローズには効かぬだろうと。]
[毒は、城主には、おそらく効かない。
なれば、もし、その身を捧げたとしても、
彼女の人生には何の意味も残らなくなる。
それは、させたくなかった。]
葬列の乙女が来ても、
食らわないでくれませんか。
[そして、そう城主に願いの言葉をかけてみる。
無駄なことだとはわかっていても…。]
[城主の囁きが女の耳朶に心地よく響く。
薬屋が愛慕と感じた其れさえ女自身は気づけずにいた。
指摘する者さえ居なかったのだから其れを意識する事もないまま]
――…哀しい事を仰らないで。
愉しまねばならぬ“義務”ではなく
お兄様には愉しむ“権利”があるのでしょう?
捧げもの………?
嗚呼、そういえばそのような娘もいましたね……
[あまり興味がなかったのかそう呟き]
お兄様が問題無いと仰るならそうなのでしょう。
だって、誰よりも私の事を知っているのはお兄様だもの。
[婚礼衣装のようなヴェールを被り、最上階へ向かう
葬送の娘の様子には、気付いている。
彼女が最上階へたどり着いたとしても
其処には影が立ちふさがるのみ。
城主は其処に居ないのだから]
[血を与えし眷族の願いが聞こえた]
――…欲しいの?
それとも、あの娘を憐れんでいるの?
[それだけを問うて。
女は兄の意向に従うのみ――]
葬列の乙女を、喰らうなと?
……私に命令か。
[サイラスに薄く笑みを混ぜ答える。
同時、ローズマリーの呟きに、柔かな声をかけた]
そう……私には全てを手にする権利があるのだったな。
葬列の娘は、黒薔薇が気をつけろと。
……しかし人の毒が私に効くはずが無かろう。
私の血を幾度も分けたお前とて、同じ。
ただ、万一があっては……困るな。
早々に処分しておくか?
[眷属となった薬師の願いを聞きながらも、冷たい提案を口にする]
――……ッ
[ローズマリーの言葉に、まともに動揺をみせる。
欲しいのか、哀れんでいるのか。
ああ、こんな自分であるのに、
それは二つとも、思える感情で……。]
――……ッ
[ただ、苦しげに息をつく音。]
[処分、の言葉には目を見開いて…。
唇を噛み締める。]
――…ええ。
義務ではなく権利なのです。
私を好きにして良いのもお兄様だけ。
[柔らかな兄の聲に女はうっとりとした様子で]
黒薔薇が気をつけろ、と……?
あの者はよく働いてくれること……
人の毒がお兄様に効かずとも
毒を得た血はお兄様のお口には合わないのでは?
[案じるような聲は無論兄のためのもの]
私に異論はありません。
お兄様の為の捧げものなのだから
お兄様のお気の向くままに。
[サイラスの動揺が、伝わる]
――…嗚呼。
[苦しげな吐息に呼応するかのように
女の胸が僅かに痛む。
引き摺られそうになる感情を抑えようと
女の柳眉が一瞬微かに寄せられた]
[薬師の揺らぎが囁きを通じて伝わる。
送る気配は気だるさ交じりに]
毒の混じる血は左程美味いものではないだろうな。
嗚呼、ローズ
あれは宴の為の捧げもの
お前にも弄る権利はあるのだぞ?
[其れはつまるところ、吸血鬼への捧げものなのだからと
あえかな笑みを浮かべ]
勿論……お前たちも。
[白薔薇と薬師へも、そんな言葉をかける]
[城主のかける言葉に、
動揺だけをみせるも、
しばらくは、沈黙をしていたが…。]
なれば、私が…。
ですので、
手を出さないで、いただけます か?
[願いを…。]
左様でございますか……?
――ならば、我が身に毒が効くか否か、
試してみるのも、愉しいかもしれません。
[主が言葉が向けられれば、涼やかな声はそのように]
くく……ふ、ふふ
[眷族と加わった二人からの応えに
思わず笑みが毀れる]
……ならば、
其の娘を先に捕らえた者に権利を与えようか。
好きにするが良い。
承知……。
[城主の言葉に答えながらも、
笑う、白薔薇も気にする。
ともかく、でも、そんな場合ではないのだと…。]
あの娘が好い声で啼いて呉れるなら
……それも愉しいかしら。
[啼かせる気もないのに悪戯に聲を響かせ]
――…嗚呼。
狩りならば、私は見物にまわりましょう。
他の客人のお相手も、必要でしょうから。
[其々の聲を聞きながら女はすっと目を細めた]
――…よほど欲しかったのね。
[獲物をサイラスが見つけた事を影を通じて知った女は
くすくすと愉しげな笑みを漏らした]
強い執着は時に命取りとなるやもしれんが
……さて、あれはどうするのだろうな?
[愉しげな気配混じる声音。
城主の部屋に近い場所、
霧の届く場所ならば全てを見通せる
蠢く影達はあるがままを己が主人たちへと伝えてゆく]
――ああ、つまらない。
最初から、近くにいるのがわかってらしたのでしょうに……。
[少しだけ拗ねたような声音が呟く]
――…そんな聲を出さないの。
あの娘以外にも“獲物”はたくさん居るでしょう?
[拗ねた白薔薇の聲に宥めるような聲が重ねられた]
ふふ……
私はお前の拗ねた貌が見たかっただけかもしれぬ。
[白薔薇の声音に、くすくすと笑み混じる囁きが返る]
そう、私のローズが言う通り
獲物はまだ幾人も残っている。
宴はまだ続いているだろう?
――……ここは、下がってもらおう。
[白薔薇が拗ねた声を出すのとは対照的に、
暗い声を出して……。
そう、彼らにとっては、なんでもない、余興の一つ、きっと自分のことも滑稽にみえているのだと、わかっていても。]
―――お嬢様、
この狩りのこの“獲物”はそれのみ、ではありませんか。
[宥める声に答えるは、まるで道理を諭すように]
ああ、旦那様まで、
意地の悪いことを仰られて……
ですが、我らが同属は“獲物”に逃げろなどと。
[声音には冷笑の混じる]
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