276 ─五月、薔薇の木の下で。
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[ きっと、あの微笑みではない違う顔が見たかった。
……それはこんな表情では無かった筈だった。 ]
[ 連なるように放たれた香りが
何故だか、混ざり合わないように感じた。 ]
[俺が彼のために行動したのは、今この時だけ。
最後の最後、終わりの時だった。
ずっとずっと甘えていた。
自分には恋愛は許されないと思うのなら
秘めたままでいるなどと自分に酔わずに
────離れてしまうべきだった。]
ち、…………
[違う、なんて。
今更言う権利があるわけがない。
抱き締める彼には見えないところで泣きそうに歪む顔。]
[君にずっと恋していたんだと
君にだけは本当の俺を知られたくなかったと
君が心配でこんなに錯乱したんだと
言ったって、もう信じられないのだろう。
“あいしてる”の無い交わりしか知らない
それは、沢山の二人の違いの中でも大きなもの。]
……君も、俺とする?
なんて、ね。嘘嘘。
[吐息に熱が籠もったのは演技ではない。
今尚眠らず何を欲しているのか、理解している。
それでも、俺には
ただ一人の聖域に衝動は振り下ろせない。]
[ それこそが残酷なのだろう。
そのままの彼を愛する誰かが必要なのだろう。 ]
[ あの子が伸ばした手を取ったのは俺。
二人の間の感情と、俺と彼とのそれの名前が違っても
救いに喜んだのは、事実。
……救われていないひとを置いたまま。 ]
[最後まで向き合わなかった男を嫌ってほしい。
そう想うのは、自分の為なのかもしれない。
それでも、嫉妬に狂う心で彼の未来を想ったのは本当だ。
茨に水なんて与えられなかった。
突き出したのは、嘘と決別の棘。]
[ ────……… ]
[ 薔薇の嘆きが、 遠くから、 ]
フェルゼは、ふと、思い出すのは友人の顔。
2018/05/21(Mon) 22時頃
フェルゼは、それすらも、また眉を下げて黙り込んだ。
2018/05/21(Mon) 22時頃
[ 流れ込む赤泥は、 耳を、 喉を、 犯し
呼吸する内臓ごと、締め上げられる錯覚にも陥る。
慟哭に似た嗤声が、耳許に響く。
声の主の、顔は 見えずとも、
鼻だけは敏感なのだから、薔薇に混じった感情くらい、
嗅ぎ分けてしまえる。]
[ 詰めた息を、吐いた。
ただただ"聞こえる"だけの、
それだけの無力を 滲ませ、
こんなときの言葉なんて、パン屋も、
──── 聖職者でさえ、 知らないはずだ。]
Remember your Creator in the days of your youth, before the days of trouble come ……
[ 木々の囁きに、薔薇のざわめきに、
低く 重く、 風に乗せ────
太陽が闇に変わらないうちに。
月や星の光がうせないうちに、]
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[ 何かを欲しいと願うことさえ許されない。 許してはいけなかった。 誰からも奪いたくなどなかった。 そう、思わなければならなかった。
扉の開く音。 同時に聞こえてきた声>>57 誰のものだなんて分かり切っている。 眸を見開いて談話室の奥を見た。
何を言おうとしたのだろう。 分からない。喉奥が締め付けられる。 口端が不器用につり上がって それから息を吐いた。 ]
(84) 2018/05/21(Mon) 22時頃
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――――ごめん、……ね。
[ 笑おうとしたのだと思う。 だが、その前にぐらりと水晶体から 零れ落ちた一雫が頬を濡らした。
訳の分からないまま走る羞恥。 眉間の皺が寄った自覚を覚えれば、 唇を噛み締めて。
咄嗟にその時見たのはマークではなく、 オスカー。 酷く傷付いた、と。 隠し切れない表情を晒す。 それをマークから背けるよう、談話室を飛び出した。 ]*
(85) 2018/05/21(Mon) 22時頃
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―廊下の角―
[ ぽたぽたと雨が降る。 両目を覆っても指の隙間から 零れ落ちる雫は留まることを知らない。
音になり損ねた引き攣ったような声。 乱れた情緒は困惑とショックに歪むばかり。
こんな所誰かに見られる前に離れなければ。 自室に戻ろう。モリスがいるかもしれないが、 モリスならば深くを尋ねてこないと。 彼に今何が起きているか知らない脚は ふらりと立ち上がるが結局へたり込んだ。 ]
(86) 2018/05/21(Mon) 22時頃
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わかっ、てた、……ことじゃないか。
[ 触れた唇>>19 困らせて気持ち悪がられるかも しれないことくらい。 それに最初から叶う見込みもなかった事に 何故、傷付いているのだろう。 何故、こんなに苦しいのだろう。 ]
(87) 2018/05/21(Mon) 22時頃
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[ 期待などしていなかった癖におかしい。 無様で愚かで馬鹿馬鹿しい。 自分自身をナイフで抉りながらも 子どものように膝を抱えて、 一人廊下の角で泣き啜る声なんて、 きっと誰にも聞こえていない。
懐かしい音色>>82も今や遠く。 ]*
(88) 2018/05/21(Mon) 22時頃
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フェルゼは、イアンはあの時助けてくれたけど、彼は今いない。
2018/05/21(Mon) 22時半頃
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[ 誰にも気付かれる訳などないと思っていた。 だから声が、それも届く筈のない音>>91を 耳にした時、呼吸が確かに震えた。 ]
イアン……せんぱい?
[ 名を呼んでから改めて彼を見た。 いつもの彼の格好とは程遠い身嗜み>>3に 一体何があったのだろうとは思う。 だが今は何一つ触れず、ただ、ぽたぽた 落ちる一滴を拭わず唇を開いた。 彼の言葉>>92を最早棘のように刺しながら ]
(97) 2018/05/21(Mon) 23時頃
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こんなに胸が痛いのに逃げちゃ、だめなんですか。
[ 笑うしかできなくて、 ただ、悲しいのだとどうしようもできない 苦しみにもがく唇が喘ぐ。 ]
せんぱいは、分かりましたか?
[ 笑って、微笑って問いかけた。 いつかの夜、味方だとそばに寄り添い 抱きしめてくれたその背に腕を伸ばす。 ]
(98) 2018/05/21(Mon) 23時頃
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せんぱい、あいって、何?
[ その背に爪を立てられるなら丸い爪が 肩の背を抉るように指で、痕を。 ]*
(99) 2018/05/21(Mon) 23時頃
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フェルゼは、イアンの言葉を待つよう、黙り込んだ。*
2018/05/21(Mon) 23時頃
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[ ままならない思考の渦。 揺蕩っているのは人か、魚か。 知ったような口を利くその人>>100に ]
俺だって、汚い。
[ 自嘲気味な笑みが鏡合わせのように重なった。 ]
(105) 2018/05/21(Mon) 23時半頃
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[ いつかされたように背を抱いて、 あやすように触れれば伝わる温度に安堵した。 普段ならしない事をしている時に 良い子の言葉>>101に笑う。 ]
せんぱいは、いつも先生みたいなことを言う。 ねえせんぱい。もしもそれができなかったら、 もう失敗しちゃって、どうしようもなければ、 どこに行けばいいんだと思う?
[ 顔を離して覗き込もう。 もうなんだってよかった。 この苦しい棘が取れればなんだって。 息をしたかった。その為だけに、 酷いことをする。 ]
(106) 2018/05/21(Mon) 23時半頃
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綺麗事なんて、要らない。 かみさまなんて何処にもいない。 何処にも行けない時は、どうすればいいの。
誰に助けてって言えば、いい?*
(109) 2018/05/21(Mon) 23時半頃
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[ いくら薔薇の香が色濃くなろうとも。
互いの匂いが混ざり合うことは、なく。
かなしい言葉の涙(あめ)の中。
俺が見ていた景色は
全然別のものだった。 ]
[ それは、暑い夏の日()。
木陰で他愛ない話を繰り返した中で。
無意識に
けれど意味を持って
落ちた言の葉。
唇が繰り返していたけれど
それは灰色の、空っぽだった箱の中へ
ぽかりと浮かんだ。 ]
[ こんな風になっても
嬉しいだなんて思えるのは
可笑しいのかもしれない。 ]
ばかだなぁ、いっちゃん。
[ 滲んだ、小さな声が()
たぶん、俺が見てきた彼の本心。
嘘を吐く時ほど、人はよく喋る。
言の葉で覆い隠してしまおうとする。
そう思いたい、だけなのかもしれないけれど。
離れる間際。
落とされる別れの言葉()。
振り向きもしない背に投げかけるのは
この世界には響かない、声で。 ]**
[ ──── 誰か、の 血か]
[ ──── 誰か、の 涙か、]
[ ──── 誰か、の "あい" かも しれないけれど、]
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