82 謝肉祭の聖なる贄
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あー!おいしいー……
[まるですっかりはしゃぎはじめた様子で、小さな大神は吠えたのだった。]
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>>66 [髪先へと差し向けられた褐色の指先を、銀灰色は腕を組んだままの不動で許した。 触れるも触れぬも贄の心持ち次第――しかしそれは試しでもあり。
舞手の一挙手一投足、焦げ色の瞳に浮かぶさざなみひとつ見逃さぬ、凍の双眸の前で如何に振舞うか。 それすらもまた試しであった。]
(83) 2012/03/15(Thu) 17時半頃
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[と、どっと歓声が沸き上がった。 茶の大神が最初の贄の胸を断ち割り、心臓を高く掲げた瞬間、祭壇を囲む村人たちが歓喜の声を上げたのだ。 空気に濃い血臭が混じる。 けれども、銀灰の大神は身動ぎもせず、褐色の贄を半眼に見据え佇んでいた。
が。 優れた舞手であれば――或いは。 歓声の上がる直前に、銀灰の大神の気配が微妙に変化したことに気付いたやも知れぬ。 徒人(ただひと)では見過ごしてしまうほどに僅かではあったが、 白く冷たい面のうちに何かが、]
(85) 2012/03/15(Thu) 18時頃
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[腕を解き、すいと手を上げて、沈黙のうちに制止を命じた。 黒衣を翻し、褐色の若者に背を向ける。 その足は贄の据えられた架台へと。振り返りもせずに歩みゆく。 しばらく歩を進め、ふと思い出したように]
暫し待て。
[低い声で言い置いて去った。]
(86) 2012/03/15(Thu) 18時頃
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[ハ、とうっすら開いた口からかすかな吐息が洩れる。
銀灰色のからだから漂う甘く鋭い冬の香の体臭に、花蜜の如く甘く酸い、ねっとりと重い香が加わる。
それは、大神にしか分からぬほどのかすかなもので。
銀灰の発情した香、なのだった。]
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[白い貌は仮面の如く、冷たく硬く。 するり黒の衣を肩から落とすと、白くしなやかな上半身があらわになる。 楽の音はまだ続いているのか、太鼓の取る拍子だけが妙にくっきりと湧き立つ。
鮮烈な赤に沈んだ贄の躯と、血塗れて肉を喰らう同胞。 その前に立つと、目を細めて胸いっぱいに血臭を嗅ぎ、天を仰いだ。]
(88) 2012/03/15(Thu) 18時半頃
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[ごきり、とくぐもった音を立てて顎骨が組み変わる。鋭い牙が迫り出して、がちがちと鳴った。 爪もまた剃刀のような鋭さ備えて1寸ほどに伸びていたろうか。
赤い舌を閃かせ、唇を舐めると。 身を乗り出し、贄を囲む輩たちの間に割り込んだ。]
(89) 2012/03/15(Thu) 18時半頃
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[白い貌に嵌った薄色の眸は、水銀のごと煌めいて蕩けている。]
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[贄の未発達の下肢を開き、手付かずの腿に牙を立てる。 銀灰色の頭を振り立てると、繊維の千切れる鈍い音、ごっそりと腿肉を噛み取った。 咀嚼音とともに、白い脂肪層が仄見える肉が牙生えた口中に消える。 仮面の如き無表情ながら、幽かに熱のこもった息吐き、頬に飛び散った血を舌で舐め取る。 そうして、同輩と肩を並べて贄を貪りに掛かった。**]
(93) 2012/03/15(Thu) 19時頃
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では、私も一口頂こう。
[血の景色を見るのは十五年ぶりか。
芳しい香りに目を細め、同胞たちの傍らへ]
[る、と喉が鳴る。
生命の無い死肉なのが幸い、贄の脚の間に昂った熱を捻じ込みたいという欲は、強烈な自制心の堰に押し留められていた。**]
実に旨そうに喰うものだ。
[歓喜して貪る年若い同胞や、欲情しながらそれを抑えている同胞たちを、目を細めて眺めながら。
呟いた声は、人に向けるものとは違う響きを含む]
[両脚から食える肉を粗方剥ぎ終えたところで、身を引き動きを止める。
肩を上下させて、荒い息を整える、ふーっふーっという音が赤く濡れた唇から幾度か洩れ。
先端が血で染まった銀灰の髪を鬱陶しそうに振り払う頃には、元の通りの冷厳な貌を取り戻していた。
――ただし、発情の花香はその身に仄かに纏わりついて、消え去ってはいない。]
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[やがて銀灰の髪を打ち振るい、大神のひとりが贄から身を離した。 朱に染まった指を長い舌でぞろり舐めながら、ゆるゆると壇上から降りる。 肌蹴た黒衣を清めた手で直したその顔は、元の通りの冷厳さでありながら、どこか気だるげでもあった。**]
(104) 2012/03/15(Thu) 20時半頃
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……もっと喰えば違うだろうか。
[灰白あらため灰青の大神は、己の前脚についた血を舐めとりながら小さく呟いた。
けれど、この贄をそれほど食べたいとは思わないので、次の贄まで待っても良いか――と。
ふるり、と耳を揺らして頭を振った]
[肉を喰む顔を僅かにあげて、宴に加わる同胞を見る。
怜悧で冷徹で普段は眉一つ動かさぬ奴が、獣らしい部分を垣間見せるこの瞬間が堪らなく好きだ。
剥き出しになる獣性を、もっと見たいと思う。
言葉にせずとも、尾は雄弁に高揚を語るか。]
………………う、るる。
[銀灰から微か匂う花のようなかおり。
過去に顔を合わせていた祭りの際に覚えていたかおりではあった、が。
何だかんだで今でも、うら若い小さな神には少々刺激が強かった模様。
できるだけ、気にしないようにして、白金は淡い肉を食む。]
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[銀灰の髪に血に浸った跡を残して、元の席へと戻る途中、人が寄り来って血の汚れを清めに掛かる。 それを物憂げに受け入れ、白い貌は先ほど舞の途中で待たせた褐色の贄に向けられた。]
(113) 2012/03/15(Thu) 21時半頃
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[食む最中に、老けた声がぼんやりと耳に触れれば。
その響きのいろに、白金の尾はまたふるりと揺れたもので]
……選り好みせねば色艶などすぐに戻ろうよ。
[随分と経ってからぽつりと。
僅か皮肉ないろの戻った声音で呟く。]
[雨師という別名を持つその大神が獣の姿をとっている時に顕れる角。
その角はかの大神にとっては大切なものなので。
同胞たる大神が触れる事は厭わないが、人間が触れる事は赦さない。
戯れに獣神の姿で踏みにじるなどする際以外は、誤って触れられるかもしれない距離まで人間が近付く事もさせはしない。
百と幾年か過去に、それと知らず誤って触れた人間が雨師の怒りを買い。喰うためではなく見せしめの為だけにその爪にかかり。
その後の3年ほどの間、その地に一滴の雨も降らなかった事は、他の大神たちならば知っているだろうか]
その為だけに、好まぬものをわざわざ喰う気は起きんのでな。
[聞こえてきた銀灰色の同胞の言葉。
人間たちに手についた血を拭わせながら、そう応じた後。
フッ、と。先程まで幾分若返ったようにも見える顔に笑みを浮かべた]
贄ではなく、キミたちから精気を分けてもらうのであれば別だが。
相変わらずさなぁ、御大。
雨と風なら相性は悪かねぇが…
[ちろと指を舌先で舐めつつ一瞥。
若い贄喰らったせいか、生気に満ち溢れた身体。
毛の艶も一段と良い。]
うー………
僕からのでも、いいわけ?
[所詮は小さなおおかみにして、かつ、当り散らせば病撒き散らす力の大神。
微妙に漏れた声は、ほとんど独り言に近いものだった。]
当然だろう。永い年月をずっとこの性質で存在していたのだ。
たかだか10年や20年程度でそう変わるはずもあるまい。
[相変わらず、と評する茶の同胞に。
人間に向けるとは違う種類の愉悦を浮かべた顔を向ける]
まあ、無理強いはせぬがな。
[ハッと嘲るように鼻を鳴らす。
少なくとも、今は微塵もそんな気にならないらしい。]
[しかし――堰き止められたものは、底に沈殿はしても消え去りはしない。]
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[拭われたばかりの髪は少しばかり湿っていた。 付き人が盆に乗せ櫛捧げ持つを尻目に、大神は祭壇に腰下ろす。 そうして、褐色に手差し伸べ、傍に来よと無言のうちに命じた。]
(124) 2012/03/15(Thu) 22時頃
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