[ある日、おれはあの子と一緒に少し遠くの山へと登った。
てっぺんまで行って、高い空を、広い木々を、遠くの海を描きまわった。
無邪気にはしゃいで、笑い合って、抱き合って……長居をし過ぎた。
次第に激しく打ち付ける雨。低く唸る稲光。見失った帰り道。
震えて握られた小さな手。凍えた身体。熱を帯びた額。乱れる息。
波打って。擦れて。破れて。絵具の溶け出した、スケッチブック。
それからどのようにして町まで戻ってきたか……助けられたかはよく覚えていない。
ただ、母がひどく怒鳴り散らしていたのと。
相手の母親が謝っていたのと。
大好きだったあの子が泣きじゃくっていたのだけは、覚えている。]
[それ以来、おれがあの子と付き合うことはなくなった。
そして程なくして、おれもその子も別々の場所へ引っ越していった。
おれの居場所も、その子の居場所も、その町からなくなった。]
(641) 2011/05/19(Thu) 22時半頃