[青年が部屋を去る前に目の前で繰り広げられた光景を思い出す。
滑らかな異国の言葉はわからなかったけれど、青年の様子と、僅かに聞き取れた単語からそう推測した。
「その子、助けてやってくれ」
青年の声が耳から離れない。
恐らく、目の前の男はまた彼に酷い選択を迫ったのだろう。
奥歯を噛んで耐える表情も、鮮明に思い出せる。
だから、わからない振りをした。
二人の会話が理解できていない振りを。
でないと、優しい彼はきっとまた傷つくから。
青年は自分の事を酷い男だと言って、その時は困ったように笑う事しかできなかったけれど、本当に酷い人はきっとそんな事は言わない。
何度も謝って、此方を気遣ってくれた彼を、酷い人と誰が思えるだろう。]
こんな事をさせて、目的は一体何…?
[漆黒は怪訝そうに細められ、灰青を見た。
道化師のアナウンスが部屋に届いたのは、その頃だったか。]
(358) 2010/04/07(Wed) 22時半頃