――いつかの話>>215――
[もしもまだ己の過去を知る者がいるとするなら、あの頃は今よりももう少し怜悧な、否、無感情な男と映っただろう。
生まれた家からして軍靴を鳴らすことが定められたような生き方をしてきた。教官に、上官に命じられて剣を振るう、駒のようなもの。
振るった剣が肉を裂く。相手がどんな人間であっても、さしたることではない。それが勅命ならば、命を斬り落とすことに躊躇いなどどこにもなかった。
一小隊の兵として、命ぜられて動く。密漁、密入国も取り締まったが、とりわけ剣の腕に優れ、海賊船私掠船の拿捕で輝いた。
抵抗を見せる賊には、降伏しろの一言もなく剣を抜き切り払う。勝てない勝負に挑む姿は見苦しく、美しくなかったからだ。
剣は幾度となく血を吸い、その度に駒は武勲を得た。
ただ、過日のイェレマイアス・ホフマンは死んだ。
殺しを躊躇う素振りは今も見せないが、他人の名誉の為に剣を振るう生き人形はもう、どこにもいない。]
(276) 2014/12/08(Mon) 22時頃