……何をそんなに不安になっている?
君を置いて、一体何処に行くと言うんだ。
[そうして、男は"嘘"を紡ぐ。彼への言葉の中で、ただ一つだけ嘘となる言葉を。
夜明けには、蜘蛛はただの一匹でこの國を出るだろう。だけれどそれを、この蝶へと知らせる事は決して無い。
それは酷く、酷く残酷な所業かもしれないけれど――彼が真に、演じていないと言うのならば。]
――……、ヨハン。
[紡ごうとした言葉は、やはり二度目も空気を震わせる事は無い。そうして今度はその代わりに、ぽつりと彼の名を落とす――彼のその声に、負けず劣らぬ悲痛な声音でもって。
一夜限りの夢にしては、何とも大きな犠牲を伴うものだ、と。巻き込まれた彼に対し、申し訳なさが無い訳では無かったけれど。
狂わされた時計の針に、男はこそりと、頭の影で自嘲を浮かべはしただろうか。]
行かないさ、それに今日は…朝まで、一緒に居てくれと、君に頼まれたからな。
[未だ肩口にその頭があったのなら、ゆるりと白いその背を撫ぜて。先の悲痛な声音はなりを潜ませ、男の声は"何時も通り"の皮肉に満ちていただろう。]
(241) 2014/10/06(Mon) 02時頃