[圷の家は地方の地主で、祖父の代に立ち上げた会社が成功し、そこそこの企業となった。今は父が跡を継ぎ、祖父に劣らぬ手腕で事業を拡大しているらしい。
らしい、というのは己が一切関わっていないからで、関わっていないのは、生まれた時にはもう8歳上の兄が後継に決まっていたからだ。
不満はなかった。もしかしたら幼い頃には何かしらの抵抗をしたのかもしれないが、少なくとも物心ついてから反発した記憶がない。
諦めているのかと憤る人がいた。賢いねと感心する人もいた。しかしそのどちらでもなかった。
兄は優秀な人で、その上でできた人間だった。期待を一心に受けるのは重圧だろうに、適度にガス抜きもできる器用さを持っていた。何より、弟である己に優しかったのだ。
憧れだった。己の歪を自覚して以降、兄の完璧さは時として劣等感を煽ったが、それでも兄を厭う理由にはならなかった。
背筋を伸ばし堂々と歩く姿は、どうしようもない己の誇りだった。]
(228) 2021/02/15(Mon) 19時頃