― 昔の話 ―
[龍山と紫藤と、二人に言ったお節介>>2:192は、正確に言えばあの二人に向けた言葉では無い。
それは十年より昔の、更に昔の、古い古い一人の当主に向けて。
聖痕を宿した三黒の若い当主が好いたのは、同じ当主である百洲の若い女だった。
その後の二人の行く末は、決してよく出来たおとぎ話の様なそれでは無く、男が女を諦めると言うつまらぬ結果に幕を引いた事だろう。
気付いた瞬間に終わった恋でも、あったのだ。
アレが自分を好いていてくれたかどうかまでは知らないが、互いに好き合っていたからと言ってどうにかなるような事でも無し。
産まれてから幾度も呪った聖痕を、この時ばかりは本当に切り落としてやろうかと思った。
だがそんな事では家からは逃れられぬとも、知っていたのもまた事実。
百洲の家が内輪で争い、その結果彼女が婿を取ることになっても、三黒は最後まで口を挟まず。
婚儀も、新たな当主の誕生も、葬儀も、三黒の「当主」として出席したとしても「史夏」として顔を出す事は生涯一度もなかった事だろう。
ただ、アレが天の扉の向こうに逝ってしまう少し前。
あの面会が「史夏」として接した最後であると、そう記憶していて。]
(209) 2015/09/17(Thu) 05時半頃