[――そして、あっという間に収録当日。
予備の冷却シートと風邪薬で近々の〆切を乗り切った後の対応は、会社と担当の青年に任せた。あちら側の都合もあるだろう。リテイクを繰り返す時間がない以上、お互いの妥協点は的確に見つける必要があった。それなら必要なのは己より、作品をよく知る彼らだ。
気合の入った青年の声を冷ややかな顔で聞いていることなど、相手には伝わっていないだろう。
こういう時、音はいい。周囲の景色が途端に狭くなる。
己の良さを語る担当を疑う気にはならないが、その内容を信用しているかといえばそうでもない。自分の価値は自分が一番よく知っているつもりだ。青年は仕事もでき、性格も良いが、きっと見る目だけはない。己の一番の理解者は自分自身だ。ならば評価もそれに準ずるべきだろう。
自分に恋をする人。
自分に才能を見出す人。
誰も彼も、分かっていない。
それは幻滅に値する行為だ。
それこそ、千年の恋も冷めてしまうような。
昔痛んだ頬に触れる。くたびれた肌があるだけだった。]
(194) 2021/02/17(Wed) 21時頃