「だからというわけじゃないが、
少し前、境奈の志乃が戻ってきたろう。
お前、ひょっとして、―――」
[口元をにやりと笑みに崩して、胸の前で両の腕を組む。
年長者の勘と言い、覗き込んだ丁助の表情はどうであったか、果たして。]
「……ふっ、くく。答えんでいいぜ。
俺は俺の血筋を厭うているけど、厭うなりに
橘の業を背負うと決め、女とは別れて来た。
でも、お前が好いた女とどうにか上手く幸せになれりゃ、
杯の酒が少ぅし旨くなるんだけどな」
[十代の盛りを離れて過ごしたゆえの距離感も影響し、
彼が橘本流の力に劣等感を抱いている>>114ことは知る由もない。
ただ、持つ者が持たざる者を時として羨むこともある。
愚痴聴きの礼と共にほんの僅かな後押しなどもしたが、
丁助の太公望たる今を思えば、それは凶と出たのやも知れず、
ほんの僅かな引け目と後悔を抱いてもいる*]
(153) 2016/04/24(Sun) 10時頃