― 現在・海辺 ―
[五歩分の距離が詰まり、声>>136が聞こえたところで思考を現実へ戻した。
座ったまま振り向いた美人はスマホを何か操作していたようだったが、上からとはいえその手元は見えない。]
へえ。
[素足であることは、背中ひとつでは隠せないのだが。挨拶と豆知識、そのふたつをたった二文字で片づけてしまうと、不躾な視線を傍に置かれたヒールと布の塊に向ける。]
冬なんですよね。
[同意するように言葉を繰り返した。
彼女がこのシェアハウスに住むようになって数年が経つだろうか。数件隣の彼女との交流がないに等しかったのは、ひとえに生活時間の違いが大きい。ここ2日が珍しいのだ。
もしこれまでも何度も顔を合わせる機会があったなら、木登りや寒中水泳に並ぶ何かを目撃することがあったのかもしれない。
バケツを頭から被り、徐々に濡れて色が変わっていくのを眺めている気分だった。]
……風邪ひくぞ。
[たっぷりの沈黙の後、それだけ告げて踵を返す。腹が弱々しく鳴いたからだ。寄り道している場合ではなかったし、きっと必要もなかった。くそ。
靴底をぎゅいぎゅいいわせて砂浜を脱出しようと足を動かす。]*
(143) 2021/02/14(Sun) 22時頃