[腕の中で肩口に顔を押し付けて泣く幼子>>91の背を、あやすように撫でる。
『ごめんなさい』、『ありがとう』。嗚咽混じりの謝罪と感謝の、合間にあった言葉はなんだったろう。
それはきっと、積み上げられた小さな約束のひとつだ。
満開の桜木の下で、咲いては散っていく花を見上げて、誰もがいとも容易く口にする、他愛も無い、約束。
抱擁を解いた娘が、名を告げる。>>93その涙で濡れた頬を覗き込む男の表情は、ひどく、ひどく、やさしいものだった。
もうすぐ名前を失うと、そう言った彼女の紅色の着物に織り込まれた筈の夕顔は、ふうわり掠れて消えかけている。よくよく見ればその紅も、裾の方から淡く滲んで薄れていた。
また会いに来ると、久し振りといって欲しいと、涙混じりの笑みで強請られる。
男も笑って小指を差し出した。そうしてまた、小さな約束を積み上げる。何度でも。何度でも。]
(106) 2015/04/21(Tue) 15時頃