― 回想 ―
[最初にここを訪れたのは、島での生活を初めて数年経った頃か。
診療に出かけたじーさんの帰りを待って一人遊んでいたら、通りかかったまだ若い夫婦に、夕飯に誘われて。
その女性の腕には、まだ歩くことができない赤ん坊が抱かれていた。
じーさんが迎えに来てくれるまでの間。
夫婦と赤ん坊と、囲んだ食卓。夫婦の途切れない笑顔。温かい食事。赤ん坊のぐずる声。
ああ、両親とは。家族と言うのはこういうものなのだなと。
じーさんと二人の生活に、不満があったわけじゃない。
けれども。ずっと何か足りないような、ぽっかりと空いた穴を自覚したのはたぶんその時。
目の前にいるはずの三人が、ガラス一枚隔てた向こう側の景色のように見え。ただひたすら、羨ましさを含んだ目で眺めていた。
――帰り際に、赤ん坊に服を引っ張られて振り返る。
微笑む女性に、またきてね、と言われ。頷いた。
この家で夕飯を食べたのは、その一度きりのこと。]
(101) 2013/12/21(Sat) 21時頃