[精神的な不安は、仕事に打ち込むことで解消された。
もう何十年も前からの習慣だ。
心が揺れる度、頭を低く下げて靴を縫う。
糸を革に通し、型紙通りにカットしたパーツを合わせていく。
店頭にオーダーメイドの看板は出しているが、明らかに玄人向けの店へ訪れる者は少ない。靴の出来に反し、店の中は薄暗く、古びて怪しい。
お蔭で出来上がった靴の殆どは紳士服店や百貨店に下りる。
紳士靴の他には式典使いのフォーマルシューズも手掛けるが、靴底に筆記体のRのロゴがあれば、其れはすべて己の作品だ。
価格帯は紳士が履くに相応しく、下は成人男子の一月分の給料から。
―――― 上を見上げれば青い天井が見えるだろう。
情動を四散させながら、丹精を込める。
こうして靴を作っている時だけ、卑しい自分を認められる気がした。誰もが寝静まった夜の世界で、ひとり靴を作り続ける行為に酔う。]
(100) 2019/05/21(Tue) 00時半頃