『しかし、噂程度のもんだろ?本当に居るのかねえ。』
[ガサリ、と新聞紙を捲った髭の男がいう。
指先にはオイルの黒ずみが染み付いている。
洗っても洗っても取れないのだろうその指先から、彼の職業はきっと工場などで働く何かだろうか。
ブランチを優雅に食べているのは、休日だからか、それとも仕事を自主的に休んでいるのか。
テーブルを挟み、髭の男の向かいに座るのは、幾分か整ったシャツにパンツ、それに少し綺麗なジャケットを椅子に掛けている男。
こちらはいかにもお固そうな職業だ。
……よく見れば少し不思議な組み合わせだ。]
『どうだかな、もしかしたらすぐ傍にも居るかもしれないぜ』
『ははっ、そりゃおもしれえ。俺の借金まみれの記憶も食ってほしいもんだ。』
『食べられたいとは、また。……それよりどうしてショクの話を突然したんだ?』
[お固そうな男が半熟のスクランブルエッグにナイフを入れながら尋ねれば、髭の男は新聞の小さな枠を指差した。]
(96) 2016/10/07(Fri) 22時半頃