ー壱区ー
[急ぎ足で戻っていたからか、行きよりも短時間で移動出来たようだ。橋を渡り終えると、昼の少し騒がしい通りが見えてくる。…といっても昼は金を落とさない冷やかしや、人目を憚りもせず好みの遊女に会いにくる常連だ。昼見世はただ時間を浪費するのみである。…だからこそ気の抜けない時間なのだが。]
遅れて申し訳ございません。亀吉、ただいま戻りました。
[見世はまだ開いていないようだったが、開く前にも仕事がある。もっとも今日はその時間は暇をもらっていたはずだが……楼主には黙って頭を下げる。今日も、楼主がストレス発散とばかりに愚痴愚痴と言い出す前に頭を下げ、さっさと仕事に入った。]
姐さん。帯留めはここに置いておくから。
[はいよ、と短い返事を返し、姐さん…僕と同じく生まれも育ちも遊郭である彼女は見世の方へ向かった。僕はその背を確認してから外に目をやる。…見世にくる常連客の名前と懇意にしてる遊女を確認しておくのだ。昼見世に来るほどなら、よほど心酔しているのだろう。身請け出来るほどの身分の持ち主なら放置、駆け落ちされそうな雰囲気なら事が起きる前に始末しなければならない。]
(88) 2015/01/19(Mon) 01時半頃