―数年前―
[孤児院では月に1度お菓子を作る。そうして、帝都の彼方此方に売りに行き、生活費用の足しにしているのだ。
ある日、腰を痛めた寮母の代わりに豆屋で買い物をした帰りのことだった。ずっしりと重い袋を両手で抱え、零瑠は大通りを歩いていた。同伴を頼んだ家族達の両手も荷物で塞がっている。
口数は自然と少なくなり、視線は下がってしまう。
だから、誰かにぶつかる事を防げなかった。ハイムゼート家の長男と知ったのは随分と後になっての事。
衝撃に手を離し、羊羮用の小豆が地面に撒かれる。安吾から譲り受けた学生帽子もまた落ちて砂がついた。
彼は尻餅着いて呆然としている零瑠に微笑みを向け、拾い上げた学生帽を叩いて頭に乗せてやる。
注意を促しその場を去ったが、2倍の量の小豆が孤児院に運ばれてきたのはその日の夜の事だった。**]
(80) 2014/02/08(Sat) 02時頃