[小さいころ、音は楽しくて素敵なものだと思っていた。
母親から与えられたおもちゃのピアノを鳴らすのが好きだった。
綺麗な音も出たし、母親も喜んでくれた。
けれど、それがこの学校に来る頃には、ただ好きだとか、楽しいだとか、それだけでは済まなくなってしまったから。
自分にピアノを教える母の精神が振れ始めたのはいつからだろう。
もしかしたら、自分に最初におもちゃのピアノを与えたときからそうだったのかもしれない。
”あの子よりも上手く”
”あの女の子供なんかより”
あの子って誰。あの女って誰。
一度だけそう聞いて、沢山叩かれて、それから聞くのをやめようと思った。
多分、それは、自分が父親の顔を知らない事につながっているんじゃないかと、発酵させすぎたパン生地みたいに腫れ上がった両の頬を持て余しながら確信した。
ついでに、自分の父親であるだろう人には別の家族があり、加えて自分には顔の知らないきょうだいがいることも、朧ながらに]
(80) 2018/05/15(Tue) 18時頃