[重傷の原稿をともあれ仮に避難させ、机に床に広がったインクを雑巾で拭き取る。まあ体裁を保った程度まで回復させては、男はそれで良しとした。木で成るそれらからはインクを完全に取り去る事などは出来ない。
そもそもまれによくある事で、元から相当に黒ずんでいた。
真っ黒になった雑巾を手に、それを捨てる事と、手を洗う事を直近の使命と思い並べたところで、]
……おや。
[響き渡る、己の名を呼ぶ、及び、叫ぶ声。先程から遠く聞こえてはいた数多の喧騒の元の一つであるそれ、聞き慣れたそれに、男は背後のドアを振り向いた。
ゆらりと其方に歩み、ドアを開ける。ぎぃ、と軋んだ音。
黒い手で黒い雑巾を持ったまま、もう片手の左手で以て]
…… やあ。
今晩は、今日も元気だね。
[其処に立つ姿、イルマに、男は唇の端を歪めるように吊り上げ笑み、まずたわいもない挨拶などした。
イルマ。実年齢でいえば一回り――百年単位だ――上である、だが見かけは勿論、振る舞いも極めて少女らしい存在。故に男は、彼女が男に敬称と敬語など使うのと同じように、少女に対するように接するのが普通になっていた]
(77) 2016/12/01(Thu) 03時半頃