>>55
畏まりました。
[血だまりの中で片膝をつき、城主から刃を受け取った。]
ワイングラス1杯程度ならば、造作もないことにございます。
[そして、シャツの右腕を捲る。
その部屋に未だ居る者には、「黒薔薇」の「黒薔薇」たる所以――右腕に彫られた黒一色の薔薇の入れ墨が見えることだろう。
男は手首に刃を突き刺し、小さく呻き声を上げた。
痛み故に浮かび上がる脂汗、上気する息づかい。流れ出る赤と、色を失う皮膚。心臓にあったはずの強い鼓動は刃を突き立てた箇所――右手首に集中し、運んでいた赤い血をワイングラスへと恭しく運ぶ。
まだ3分の1にも満たぬそれを見て、男はもう一度右手首に刃を突き立て、ねじ込み、血を絞り出す。]
[流れ出る血と、主人の命により自らの身に与えた痛み。それらが電気のように皮膚の上を走り、やがて全身に廻るのを、男は満足げな笑みを浮かべて実感していた。]
[再び片膝をつき、城主に深紅のワイングラスを差し出すのは、それが血で満ちてすぐの時の話だった。]
(69) 2010/06/23(Wed) 00時半頃