[無心で蜜柑を揉みながら、何気なく窓の方を見つめる。外は相変わらず薄曇りで、冬らしい重い空をしていた。
庭の花々は管理人の如月や1階に住む女性>>#2が手入れしているのをよく窓から見下ろしていた。色の少ない季節でも、ここの庭は鮮やかさを失うことは少ない。
そんな中、旅館時代からあったという松の木は今もただ静かに黒色を湛え、佇んでいる。それを眺めるのは、数少ない息抜きだった。
――そこから、人の足>>53が伸びている。]
……は?
[ぎょっとして思わず蜜柑を取り落とした。足元に落ちた橙は丁寧に磨かれた木の床を少しだけ転がり、動きを止める。
拾った後にまた窓の外を見るも、先程見た光景はどこにもなかった。眼鏡をずらし、指二本で目頭を揉みほぐす。あの足には、見覚えがあった。たとえ鋭いヒールが見えなくとも、直前に見たものくらいは覚えている。]
(63) 2021/02/13(Sat) 12時半頃