[早歩きはいつの間にか、小走りへとなっていた。カツッ、カツンと一定の音を刻みながら、跳ねるように走る、走る。
爪先の痛みは緩やかに引き、靴先が地を蹴る振動ばかりが増し、…靴先が削れるのが、分かった。]
…… …… 駄目、っぽい、
[目的の、パン屋の看板が見えてきたところで、溜息と共に肩を丸め落とす。
はたして、靴先を削ったかいはあったのだろうか。
……どちらかといえば、無い。
目の前の店から漂う、澄ませた鼻を擽るはずの芳ばしい香りは、ひどく薄かった。
そもそも、焼き上がりの定時からはすっかり遅れてしまったのだから、当然とも言えるのだが。
マフラーの後ろで口をもご付かせながらパン屋へと入り、室温に馴染んでしまった食パンの袋を、渋々ながら手にする。
あっただけマシだ、と自分には言い聞かせつつ。
――分かり易い顔でもしていたのか。
苦笑を浮かべるおばさんに、唇を尖らせつつも丁度の代金を渡すと、早速袋から一切れを取り出しつつ、店を後にする。
口にくわえれば、それだけで空腹が満たされる気がした。]
(55) 2014/10/01(Wed) 07時頃