[暗い山道を、一人の男が下っていく。痩せて目つきも険しく、女子供がふいに出くわそうものなら悲鳴のひとつもあげそうな風体だが、夜半も過ぎた山中では、そんな心配もない]
カアー
[頭上に聞こえた鴉の声に、男は鋭い視線を投げて、ひょい、と無造作に手を挙げた]
ビュウ…
[途端、一陣の風が空へと走り、ばさばさと羽ばたいてその風から逃げようとする鴉を見えぬ刃が切り裂いた。
鴉は血のひとつも零さずに、ばらばらに千切れた紙となって宙に散り、風はその紙片の中から、一枚の結び文を掠め取って、男の手の内に運んでいく]
この寒いのに海かよ。めんどくせえ。
[文に記された内容を目にして、不機嫌そうに零した男は、背に負った荷物をちらりと見て溜め息ひとつ。
幾重にも布に包まれて背に結んでいるのは、一振りの刀。
男の表向きの生業は、山に棲み、独りで刀を打ち上げる刀工だった。
本来は製鉄から仕上げまでを分業で行う刀鍛冶の行程を全て独りで行う為に、完成には恐ろしく時間がかかる。が、その丈夫さと斬れ味は、密かに評判を呼んでいて、戦続きのこの数年、仕事の依頼の途切れる事は無かった]
(45) 2015/02/07(Sat) 11時頃