― バレンタインの夜に ―
[土壁に触れた。ざらりとした感触を覚える表面を深爪の指でなぞる。
息を詰め、額を押し当てた。両の手のひらを這わせると、押し留めていた息がひどく湿って溢れた。思考を埋め尽くすのは、昨日得た彼>>2:246の言葉だ。
これからも芝居を続けるために必要なこと。日中それに縛られたなら、続く夜の居場所は想像に容易い。
もし、彼が今日の一日を特別に思っているとしたら尚更だ。彼の唯一は、この家の1階にある。
己の罪を顧みず糾弾する声>>1:98は通した。図鑑の落下>>1:80も抜けたが、世界に籠った彼の耳元>>0:126に阻まれたか。飲み込まれた主張とそれを覆った咳>>2:42が響くことはなかったが、足音>>2:150は識別に至る。
――ゴン、ゴン、ゴン。
表皮を剥がすことのないよう、焦がれる世界を傷つけないよう、拳を3回分。
いつか告げた緊急の合図>>1:123にしては弱々しい音は、きっと彼の鼓膜を揺さぶることさえできない。]
(31) Pumpkin 2021/02/20(Sat) 01時頃