―回想―
[最近、身辺を嗅ぎ回っている者がいる、という報告を従僕から受けたのは、遅い朝食をとっている時のことだった。
食堂ではなく、着替えもせずに寝室のベッドの中で食事をしているのは、明け方近くまで外出していた上に、荒々しい情事の名残が身体のあちこちに残って、一見してそれと分かるほど不調を訴えていたからだ。
私生活を他人に知られる羞恥や恐怖は、生まれた時から大勢の召使の目に晒されてきた生粋の大貴族にはない。
この日はたまたま、単純に周囲に人がいると鬱陶しいという理由で部屋付きの召使を遠ざけていた。
件の人物は、作家のイリヤ・アレクセイヴィチ・クラシコフ。
処女作が批評家の絶賛を受けて一躍文壇の寵児となったものの、それ以後の作はぱっとせず、あまり部数が伸びなかったらしい。
両親は既に死別。ありふれた経歴に、当代のインテリゲンチャらしく自由主義思想の洗礼を受けた作風。
何処にでもいる、凡百の文士崩れと思われた。]
(30) 2014/09/05(Fri) 23時頃