―随分と前の話―[痛みと悦楽と己が叫ぶ声に包まれた夜が明け、男は彫師の家を出て、朝霧が包み込む薔薇園を抜けた屋敷の脇を通り過ぎた。 そこで見たものは、ひとりの人間が肉を噛まれて血の気を失っている光景だった。 肉の上に突き立てられた牙、ゆっくりと血の気を失い青冷めてゆく身体、力なく落ちてゆく指先、だらしなく開かれた唇―― ――…ああ、なんという悦楽!なんという恍惚! 彼はその窓辺に立ったまま、己の肉体を廻る血の全てが沸騰しそうになるのを堪えることだけに必死であった。 それ故、その「肉体」を噛んだ者がどんな風貌をしており、どんな仕草をしている者であるかすら覚えることができなかった。]
(28) 2010/06/18(Fri) 21時頃
sol・la
ななころび
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