[――それは、数ヶ月前のことか。或いは、数年前のことか。
* * * * * *
手術台の上で、男は右腕に黒い薔薇の入れ墨を施されていた。
苦痛の証たる透明な汗、皮膚に差し込まれる黒の痛み、その代償となり流れ出る血の赤。
その痛みの全てが彼にとって「悦楽」であるということは、彼と彫師、そしてその脇でぼんやりと外を眺めている彫師の恋人に共通して理解されている事実である。
針を皮膚に刺されて呻き声を上げる男の声を無視するかのように(否、実際に無視しているわけではなく、彫師はその全てを身体の中に「情欲」として蓄積しているのだが)、全く同じペースで淡々と、彼の腕に黒を捩じ込んでゆく。その光景は、随分と前から続くものでもあった。
彫師の小さな家の一室に響き渡る成人男性の苦悶の声は、もし周囲に誰かが住んでいたとしたら、さぞや迷惑なものとして捉えられていただろう。
だがそんなことは、彫師とその恋人が、彼の身体にある「首」と名の付くあらゆる場所を拘束した上で身体をむさぼるという「恒例行事」くらい、些細でどうでもいい話である。]
(27) 2010/06/18(Fri) 21時頃