[父が死んだ後の母は、当然だが日に日に身体中の傷が癒えていった。
父は刃物を使ったりとかいうことはしなかったので、母の傷といったらもっぱら痣ばかりで、血の巡りが良かったんだか何だか知らないけれど、みるみる元の白い肌に戻っていった。
すっかり外見が未婚の頃に戻った母親は、鏡を見てある日、自分が美しいということに気が付いてしまった。
加齢によりまぶたの皮膚が痩せ、彫りの深くなった目元はエキゾチックだったし、
出産経験によって若い頃よりまるくやわらかくなったボディラインは官能的で、
白い肌に浮かぶ優しいしわは煮詰めたミルクにはった膜を思わせたし、
何よりその低く小さな声は、あたたかな母性に満ちていた。
母は狂ったように男を漁り、父のつくった借金を返すどころかワカメみたいに増やしていった。
そうしてやがて、どこぞの誰とも知らぬ男と蒸発した。
母は美しいけれど、もうあの「てへへ」という笑い顔は見せなかった。
けれどどんな男もいつしか、母を殴らずにはいられなくなるだろう。そうしてあの笑い顔の虜になるだろう。
母が一番美しく輝くのは、あの瞬間なのだから]
(18) 2016/10/06(Thu) 19時頃