[男は「村の用心棒の癖にっ」と、無力な自分を嘆いた。
せめて友人の想い人だけでも守ろうと、村の長の娘である彼女の住む屋敷へ向かう。
屋敷に辿りつけば、そこはもう血の海と化していた。頭から血を流し、息も絶え絶えな村長に懇願される。
「ヒュー!…お願いだっ…娘を…頼むっ…。頼むっ…」
何も考えられなかった男は、言われるがままに、泣き叫ぶ彼女の手を引いて村から飛び出した。
そうしたのも束の間、後ろ手に引いていた彼女の体が瞬時にして重くなる。その拍子に手が離れてしまった。
振りかえれば、首元を噛まれ捕まった悲痛な表情の彼女。後ろに居るであろう、人狼の顔は陰になってよく見えなかった。
彼女は蚊の泣く様な声で、告げる。
「貴方は…生きて…。お願い…、私たちの、分まで生きて…。」
彼女が獣を引き留めている間に、男は走り出す。
もう何も考えられない。何も分からない。でも、ただ一つだけ、分かる。
自分は、友人に、村に背を向けたのだ。]
(16) 2015/04/15(Wed) 20時半頃