―深夜:アレクサンデル家の一室―
[それから、煙草と火を所望するヘクターの元にそれを差し出し、彼の顔をじっと見つめる。だが、ヘクターがそれを長い間吸っていられることはなかった。
窓の外で崩れ落ちるヘクターの身体を、イアンはじっと見つめているうち、アレクサンデル家の人々がイアンの部屋にずかずかと押し寄せてきた。]
……どうぞ。
[床に飛び散った硝子の破片と、部屋のあちこちに見られる血の痕、そして両方の頬を血に染めたイアンの顔を見て、家人達は驚きと恐怖の声を上げていた。
机にあったランプの灯をともし、イアンはゆっくりと言葉を放つ。]
ええ、先ほどヘクターさんがこちらにいらっしゃいました。「『最期』に私が持っている、英国産の煙草を吸いたい」……と。
亡くなる間際の方は、存外に「どうでもいいこと」をお望みになるのですね。いいえ、「どうでもいいこと」を味わう幸せを知ることができるということかもしれませんが。
[イアンの部屋を訪ねた人々の中には、勿論オスカーの姿もあった。彼は何かを叫び、凄まじい殺気を隠しもせず、イアンの部屋を離れた。]
(5) 2010/08/08(Sun) 07時頃