[玄関の手前まで辿り着いた時、チャイムが鳴った。
もしや編集者の彼が催眠を解き再び訪れたのだろうかと思った、その緊張と憂慮は、次の瞬間に掻き消えた。聞こえたのは、軽やかな、若い娘の、控えめな呼びかけ]
『今晩は、すみません、イルマの……
イルマさんの紹介で来ました、
サイモン先生、いらっしゃいますか?』
[その中身に、思い出す。そういえば、イルマが言っていた。許容した。己のファンだという少女。その来訪。――丁度いいな。と思う。思い、扉を開けば、其処に立つのはイルマの友人にいかにも相応しいような今風さの、けれども文学の愛好者に特有の知と陰を備えた、一人の少女]
……ああ。
やあ。私が、そのサイモンだよ。
よく来てくれたね。
君が、イルマの言っていた……よく聞いているよ。
……何、別に、大した用事でもないんだ。
気分転換に、散歩にでも行こうと思ったところでね。
どうやら、君が来てくれたおかげで、
その必要はなくなったらしい。
(141) 2016/12/06(Tue) 05時頃