191 忘却の箱
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―中庭―
[しゃり、と齧ったリンゴの味を、忘れないうちに。 対価に失った記憶が、分からなくならない内に。 記録を、残さなくては。 そんな使命感に似た気持ちから、立ち上がり>>3:114。 誰かがやって来る足音>>12に、ぼんやりと視線を向ける。
何故だかそこに、いてはいけない気がして。 たっと駆けて、その場を後にする。 彼らが入ってくる別の扉から、中庭を出て、その扉を閉め。 預けた背中の向こう側、何かの気配を感じて。]
…おやすみ。
[誰にともなく呟いたのだった。
きっと、誰かが永眠りについたのだと、察して。]
(42) 2014/09/10(Wed) 10時半頃
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――… 涙流れて どこどこ行くの… 愛も流れて どこどこ行くの… そんな流れを この内に… 花として 花として 迎えてあげたい…――
[口をついて出た歌を、密やかに静かに、口ずさみ。 あの扉の向こうで、花となったのは誰だろうと、ぼんやりと思う。
廊下を進み、自室へと帰ると、まっすぐにコルクボードへと向かい、増やせない写真の代わりに、減らすことになるのだろう写真を眺めて。 ため息を一つ着く。]
(43) 2014/09/10(Wed) 10時半頃
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[人は、彼女を優しいというのかもしれない。 けれど実の所、あんな言葉は、あんなことは、誰にでもできるようなことだと、彼女自身は思っている。 性格故か、幼いころは敵を作りがちだった彼女の身に着けた、処世術。 ただ、それだけだった。
忘れたくない、失う記憶を手放したくないから。そんな言葉の裏腹で。 その処世術の一環として、共に生活する人たちの名前が呼べないと困るから作ったのがこのコルクボード。 本当に忘れたくないのか、と言われると、厳密には違うと思う。 そんな、純粋な、ものじゃない。
ただ、ここで、生きていくため。 必要だから、やることだった。]
…忘れられるのは、辛いもの…
(44) 2014/09/10(Wed) 10時半頃
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[枕元のノートを広げ、ぱらぱらとめくって行く。 赤の入っていないページは、あと僅か。 探すのも大分、楽になってしまった。
最初は、無くした記憶を探すのにも、苦労したものだけど。]
…あぁ。
[止まった先のページを眺め、彼女は目元を緩める。 あの人に、手料理をふるまった時の話だ。 それは何度目だったかはもう、分からないけれど。
一生懸命に料理本とにらめっこして、作ったのに、どうしても写真の通りにならなくて。 泣く泣くそれを出したけれど、一口食べたあの人は、見てくれの割に味はまともなんだよなぁ、と。 撫でてくれた指先の感触を、もう、思い出せない。]
(45) 2014/09/10(Wed) 10時半頃
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…ッ…!
[きゅう、と痛む胸を強く抑え、固く目をつぶる。 思い出せない。 それがどれだけ苦しい事か、もう十分に知っている。 今更、そう、今更よ。]
…分かってる…ッ
[忘れた分の思い出を、新たに継ぎ足せればどんなに良いか。 そう願っても、あの家を捨てた日に、そんなことはとうに覚悟していたはずで、 だって、あの人が、忘れられてしまった時にどんな顔をするか、容易に想像できてしまって、 そんな顔、させたくなくて、 だって、それは、とっても辛いから、 だから
あぁでももう思い出は、たったの2ページしかない…!]
(46) 2014/09/10(Wed) 10時半頃
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やだ、やだよ 私、あなたのこと忘れたくないよ 他の全部捨てても良い あなたのこと、あなたの事だけは まだ、まだ忘れたくない…!
[部屋の外へ聞こえないよう、押し殺された嗚咽は、彼女の胸を更に押しつぶす。 彼女の症状が割合軽いのは、病気の初期段階から真面目に治療を受けていたから。 それは、あの人との約束でもあったし、一日でも長くあの人を胸の内に残しておきたかったから。 けれど、それが、叶わないなら。]
…お花になったのは、誰かしら。 大切な記憶を失って尚、生き延びるくらいなら、いっそ…
(47) 2014/09/10(Wed) 11時頃
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―朝―
[自室で目覚め、まずは新たなリンゴが無いことに、安堵する。 しかし代わりなのだろうか、花びらで埋め尽くされたベッドに気付き、何とも言えない心持になった。 立ち上がり、目に留まるコルクボードを、じっくりと隅から隅まで眺め。 やはりというかなんというか、随分と色々忘れていることに気付く。]
…クラリス、愛称クリス。私。勿忘草病。 …スティーブン先生。おくすり、貰う… …サミュくん。ピーマン苦手… …まぁさん。絵描きさん…日向ぼっこ… …ペラジーちゃん… …シーシャさん…時々機嫌悪い。お局(と言ったら怒られた)… …セシル…(`ε´#)…おこ…? あと…は…?
[貼り付けられたメモを、飛ばし飛ばしで読んで。]
(48) 2014/09/10(Wed) 11時頃
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[つきんと痛んだこめかみを、指先で抑えた。 無理矢理記録として記憶とつなげていた糸が、切れかけている。 一枚の写真を元に、その表情を想像するのが難しい。 それは、記憶のピースが多く失われたことを意味していた。]
…まいったな…
[困ったように、へらりと笑って。 彼女はそっと呟く。 後で、先生の所へ行こう、と心に決めた。
身支度を終え、部屋を後にする彼女の髪の隙間から、緑の葉が顔を出し。 するすると、つるを伸ばして彼女の髪に絡みつく。 それは、見る人が見れば、蔦の葉であると、一目瞭然であったことだろう。]
(49) 2014/09/10(Wed) 11時半頃
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―食堂―
[部屋を後にした彼女は、食堂へと向かう。 大切な者の様に、ポラロイドカメラをその首に下げて、軽い足取りで。 何故、そのカメラを首に下げているのか、彼女はイマイチ思い出せない。 けれど、昨日の自分が首にかけていたことは覚えていたので、そのままかけてきたのだった。]
…後でお部屋、掃除しなきゃなぁ。
[花びらに埋もれたベッドを思い、やや重たいためいきをつく。]
先生の所行って… 後…中庭…
[はたと足が止まる。 誰かと約束をした。 あの、中庭で。 …誰と?
ふるりと震えた胸を抑えるように、食堂へと再度足を進める。]
(69) 2014/09/10(Wed) 20時頃
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おはよーおばちゃん。 今日も、良い匂い!
[元気な挨拶をすれば、それは常通りの彼女であっただろう。 おばちゃんに渡される食事を、笑顔で受け取って。]
今日は、トマトのスープなんだね。 いつも、凄いなぁ、おばちゃん。
[トマトが嫌いな人は、いたかしらん。 コルクボードのメモを思い返しながら、そんなことがちらりと脳裏をよぎった。]
(70) 2014/09/10(Wed) 20時頃
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[いくらか人の減った食堂。 しかし食事の時間が決まっているわけではないから、本当に“減った”のかまでは、分からない。 それも、先生に聞いてみた方がいいのかなぁ。
そんなことを、思いながら。 食事をしている時に、話しかける人があったろうか。 あれば、何らかの言葉を交わし、あわよくば食事を共にとろうと誘ったことだろう。
やがて、食事を終えると食堂を後にする。]
まず、先生のところかなぁ。
[呟きながら、廊下を歩いていて。 その姿>>63を見つけた。]
(71) 2014/09/10(Wed) 20時頃
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―廊下―
あ、おはよーヤニくん!
[ベンチに腰かけた彼に気付けば、ぱたぱたと駆け寄って。 笑顔で挨拶をひとつ。]
もうご飯行った? 今日はね、トマトのスープがとってもおいしかったのー!
[そんなことを上げたテンションで並べて、ふと。 何となく元気のない様子に気付く。]
ヤニくん? どうしたの、大丈夫?
[ベンチに座る彼の前、そっと膝を着けば、その顔を覗き込むようにして、尋ねた。 具合が悪そうであれば、先生の所へ行くか、尋ねたことだろう。 大丈夫、と言われてしまったならば、そう?としか言えないが。]
(72) 2014/09/10(Wed) 20時頃
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あ。これ。
[床に落ちたアコーディオンに気付くと、そちらへとしゃがみこむ。]
昨日の夜のは、ヤニくんだったんだねぇ。 私、あの音、好きなんだぁ。
[そっと伸ばした手が、その楽器に触れることは許されるだろうか。 止められれば無理に触ることはしないが、止められなければそっとその表面を撫でながら。]
なんか、すっごい落ち着くんだよねぇ。 ありがとね、いつも。
[彼は誰かの為に、と演奏しているわけではないかもしれないけれど。 何だろう、何というか、慰めのようなその曲に、いつかの心が救われたこともまた、確かだから。 彼女はそう言って、淡く笑った。 楽器に触れることが許されるなら、そっとそれを持ち上げて、彼の残った手が届く場所に置くことだろう。]
(73) 2014/09/10(Wed) 20時頃
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―廊下>>78―
[汚れちゃう、と言われても、そんなことは気にならなかった。 ただ、いつもと様子の異なる青年に対し、何故だか放っておくことのできない気がして。]
何を、謝るの? 何にも悪い事なんて、無いんだよぉ…
[ごめん、と繰り返す彼の心中など、分からない。 けれど、何だか彼がとても今弱っていて、とても苦しんでいるのだけは伝わってきたから。 立ち上がり、青年の頭をぽんぽんと、まるで子供に対するように撫で、それから、拒絶誰無ければその頭をそっと抱きしめたことだろう。 大丈夫、と伝えるように。
暫くして、彼が落ち着いたのであれば、後ろ髪惹かれつつも彼を後に残し、その場を後にする。*]
(108) 2014/09/10(Wed) 23時半頃
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