223 豊葦原の花祭
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─淡墨桜の枝の上─
[南の櫓で鳴り響く、笛や太鼓の祭囃子。賑わいの中上を見上げる者達の目は、どれもこれもきらきらと輝いて、まるでたくさんのお月様のよう。
温い風は今は凪ぎ、ああ本当に、散るにはいい夜だ。だからこそ、終わってしまう前に行かなくちゃ。]
(10) roki2 2015/04/22(Wed) 15時半頃
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[男は枝の上で立ち上がると、ぐるり目下を見下ろした。
客と戯れ楽しげに花と酒に酔う火車の屋台。>>2:165
姿は無くともふたりで∴齒盾ノ花を見る少女と老木。>>7>>8
木の上の猫は、いつの間にやらわたあめの少女の腕の中だ。>>2:158>>2:166
面の内で泣いたお狐さま>>6と、寄り添う幼子の着物の裾には艶やかな蝶が舞う。>>2:151
玉子の乗った焼きそばを抱えた娘が、ぽかんと口を開けて此方を見上げている。>>3>>4
雪ん子の娘は、氷をたっぷり食べただろうか。もしかしたら今頃、その小さな舌は人工的なピンク色かもしれない。>>2:125>>2:126]
(11) roki2 2015/04/22(Wed) 15時半頃
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[そうして見回した広場の中、薄桃色の桜の下で蹲る人影を見付ける。>>2:163 顔を伏せてあさっての方を向いたその姿に、男の眉根が少しばかり寄った。]
もう少し、良い子で咲いていてくれよ。
[眼前に垂れ下がる真白な手毬のような花塊に唇を寄せ、そうと囁いてから足下の枝を蹴る。 ふわり宙に消えた身体が、次に地を踏んだ時にはもう、人の輪の外れ。
光の蝶を其処彼処にばら撒きながら、踏み出した足元でさくりと草が鳴く。 そうして男は、木に凭れ目を伏せたその青年に、声を掛けた。]
よぉ、さっきぶり。 花見に来たんじゃないのかい?
(12) roki2 2015/04/22(Wed) 15時半頃
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『桜、様』
[口内で確かめるみたいにしながら呼ばれた名前>>13に、男は隈取を引いた目をぱちりと瞬いた。 桜の根元に腰を下ろした青年が、ただ単に人の姿を借りた自分の印象に名を付けたのだとは思いも付かず。なんだ、気付いていたのかと事も無げに肩を竦めた。
なぜか詫びを口にする亀吉の、乱雑に拭われた頬には確かに残る泪の跡。 黙ってそれを見ていると、祭は楽しかったのかと質問で返される。]
祭りは勿論、楽しいさ。 今夜が楽しいから、生きていけるってもんだ。
[目を伏せ、感覚だけを身体≠ノ向けた。大丈夫、花はまだ落ちずに枝にしがみ付いている。 意識を此方に戻した。つい先程、疲れてしまった、と青年は言った。>>14 或いはそれは、心の柔い部分への立ち入りを拒む一線だったのかもしれない。作った笑顔の理由は、神であっても知る術はない。
ただ、男の眉間の皺が少しばかり深まった事だけは事実だった。]
(26) roki2 2015/04/23(Thu) 00時頃
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見苦しい姿、ねえ。 俺にゃあ橋で会った時よりも、随分マシな面に見える。
[上体を屈めて、桜の幹に背を預けた亀吉に顔を近付けた男が言った。 伸ばした手の親指が、目尻に未だ残った涙をぐい、と拭う。]
あったかいなあ、人間の涙は。 春の雨みたいだ。
[起きてと揺さぶる幼子みたいな春先の催花雨を、好まぬ花などいはしない。 心底愛おしそうに呟いて。身を起こす男は、青年の目には一体『何』に映るのか。]
(27) roki2 2015/04/23(Thu) 00時頃
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だから言ったのに。久し振り、ってさ。
[ほんとうに、桜で。今更のような問い>>31には、確りとは答えない。代わりに幾分拗ねた語調で非難をひとつ。 それから、唐突に軽い調子で手を打った。]
ああ、そうだ。 あんたに会ったら見せたいモンがあったんだ。
[にんまり顔が袖を漁り、引っ張り出された扇子がぱつん、と小気味いい音で開かれる。そうして、未だ地面の上の彼に一度視線をやる。
すいと男の身体が動いて、取った構えは恐らく、亀吉には覚えのあるもの。 鼓も笛も無いけれど、それこそ彼の耳には忘れようもなく馴染んでいる筈のリズム。
遠くの祭囃子が霞む、奇妙な静寂をうすずみさま≠ニ蝶が舞う。 一小節。二小節。華奢な扇子が風を巻く。三小節。くるりと回る。着物の裾が、一拍遅れて身体に追い付く。四小節。ぴたり、と男の動きが止まった。ぱつん。再び乾いた音で閉じた扇子を、手の中で弄ぶ。]
(32) roki2 2015/04/23(Thu) 01時頃
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ここまでしか憶えて無えや。
[はふ、と息を吐いて。]
下手くそだろ? これでも、あんたが来なくなってから、随分練習したんだぜ ?
[座り込む青年を振り返って笑った。 それは、紛う事無く花祭の開催前に、とある一族が淡墨桜へと奉納してきた舞だった。]
(33) roki2 2015/04/23(Thu) 01時頃
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『――続きは、まだまだ御座いましたのに。』
[震えた声は、それでも確かに笑っていた。木に縋って立ち上がった青年が、懐から扇子を取り出す>>36。瞼を伏せて、同じ構え。ぶり返す静寂。
ぱつん。
張り詰めた音。 ゆっくりと瞼が上がる。 この瞬間が好きだった。 村にとっても、己にとっても。そして恐らく、彼にとっても、それは確かに春の予兆だった。
しなやかに動いた上体。けれど、踏み出した途端に亀吉の身体が傾ぐ。>>38 咄嗟に倒れ込んだ身体を抱き留めた。 支えながら草の上に出来るだけそっと降ろしてやる間、漏れ聞こえてくるのは嗚咽じみた笑い声で。>>38 男は俯く青年の前で、また少し目を伏せる。]
(46) roki2 2015/04/23(Thu) 21時頃
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──…ああ、本当、酷い有様だな。
[短いような長いような沈黙。 放った言葉に、視線は此方を向いただろうか。 空を見上げる。月は、もう、天辺にはいなかった。]
神様なんて呼ばれても、あんたの脚を治してやる事も出来ない。 誰かの願いを叶える力も無えし、 あんたが倒れそうでも、支えてやれるのは今だけだ。
[千年万年生きたって。酷い有様、だろ? 錆びた声に含むのは、自嘲ではなく、只々、寂しさだ。
座り込んでいる亀吉に視線を向ける。逡巡したのは一瞬で、足は確りと一歩を踏み出した。 青年へ手を伸ばす。この手を取って、と。]
(47) roki2 2015/04/23(Thu) 21時頃
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御大層なのは肩書きだけで、俺にはなんもしてやれねえけどさ。 あんたが言ってた『真に美しき桜』>>14とやらは、どうやら何とかなりそうだ。
[眼前にまっすぐ差し出された手を、彼が取ってくれるなら、橋の上で会った時のように抱え上げ、手のひらで瞼を塞ぐ。
散るからこそ美しいんだろ? いつかの詩>>1:84の意味だけを繰り返し、その姿は抱えた亀吉ごと巻き上がった風に紛れて掻き消えた。
再び青年の視界が戻れば、気付くだろうか。そこが今は立ち入ることが禁じられた巨木の──まさに真下であることに。]
(48) roki2 2015/04/23(Thu) 21時頃
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[一分。一秒。
長く咲きたい。 それは淡墨桜の望みだった。 散ってしまうのは、終わりが来るのは、どうしたって仕方が無い。そういう風に出来ているから。
だが、散ってしまえば自分の姿は人目からは掻き消えてしまう。 理由なんて分からない。けれど、葉桜や、落ち葉や、冬枯れの桜を愛でる者などそうは居ない。
恐らくそういう事なのだ。 そういう、役割、なのだろう。と。
だからこそ、一秒、一瞬、ひと目でも。長く咲いていたかった。散ってしまうのは、終わってしまうのは、仕方が無いことだ。
仕方が無い、けれど、]
(*0) roki2 2015/04/23(Thu) 21時頃
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寂しい。
寂しい。
寂しい。
どうしたって。
(*1) roki2 2015/04/23(Thu) 21時頃
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―散華―
この木の名前の由来を、知ってるかい? 淡墨桜は三度色が変わる。 一度は、固い芽から桃色の蕾へ。 一度は、蕾が綻び白い花弁へ。
[手品、みたいだろ? 男の周りを蝶が舞う。淡い燐光。持ち上げた手で、頭上の一番最初に開いた花に、触れる。
指を伝った蝶が、花に触れた途端、融けて消える。 はらり。白い花びらが落ちた。 はらり。もう一枚。
はらり。 はらり。
白に、ほんの微かに淡墨をのせたような。]
(52) roki2 2015/04/23(Thu) 21時半頃
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散るときのその色は────どうぞ、その眼で、確かめて。
[はらり。]*
(53) roki2 2015/04/23(Thu) 21時半頃
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[死というものがなんなのか、木である己には分からない。 だから、葉桜の夏も、落ち葉の秋も、木枯らしの冬も。待ち続けた。 途中、違う場所に植え替えられる事になったのは、とても困ったけれど。どうすることも出来ないから、せめて人目につくよう、大きく育ては良いと思った。
慎重に枝葉と根を伸ばし、光を沢山浴びて、色を幹の内に溜め込み、春には精一杯、美しく。 一番きれいに咲いたなら、己を見間違えずにきっと見付けてくれる。
だってあのひとは帰ってくると言ったのだ。 それは、己がこの世に生じて一番最初の約束だったのだ。
そうやって帰りを待つ間に、気が付けばたくさんの人との約束が積み上がっていた。 また来年。 また来年。 きっと見に来よう。
果たされる約束と、果たされない約束。幾重にも積み重なって、そうしてとうとう古木と呼ばれるほど年輪が重なった頃。
自分が『何』なのか、ようやく気が付いた。]
(*2) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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神様になれば、何時までだって待ってられる。 此処から動くことは出来ないけど、いつか、が果たされなくても。待って、られるだろ?
[立ち枯れて逝く事よりも、永遠を、不変を選んだ。 高く高く積み重なった小さな約束が、己をそこまで押し上げたのだ。
伏せた目の奥で、揺れる面影。 もうその誰かのことなんて、ほとんど、顔も思い出せないのだけれど。
それでも、小さな約束で、無意識に、そんな意図も無く、己をを支えてくれた全ての人や、けものや、あやかしたちに、ずっと寄り添い咲いていたい。 その気持ちを、役目を、与えてくれた一番最初の約束を、いつか果たすことが出来るのなら────]
やっぱり、『おかえり』ってさ。 言いたいなあ。
(*3) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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[ぽたぽたと、花が落ちる。
枝の上の男は、両腕を広げて全身で風を受ける。 散っていく花弁は、雪のように降り積もって、一面半紙に淡墨を撒いたよう。
涙みたいだ。
唇だけが動いて、天を仰ぐ。温い風が浚った花弁に、雫が混じったのはきっと気のせいだろう。
眼下の景色をぐるりと見渡す。 祭りの喧騒は薄れて、もうみんな帰り支度をしている頃。 葉桜や冬枯れの桜を愛でるものはそうは居ない。それでも、もうほとんど花の残らないこの樹を見つめる目はあったろうか。]
(96) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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[ふと、幾らか疎らになった人々の中に、並んで立つ二人の少女の姿。 古めかしいセーラー服を着た外神の娘。痩せてはいるけれど、日に焼けていない肌はつやつやと血色が良い。 隣に並ぶ少女は、初めて見る顔だ。けれど、その着物の裾に舞う蝶を見付ければ、淡墨桜の口の端が、優しいやさしい弧を描く。]
約束、だもんな。
[呼んだ名前は、もう失われたものなんだろう。 次会う時には、きっと新しい名を呼ばせてくれる。また会いに来ると、脳裏の幼子はそう言ったのだから。
目元を緩め、にんまりと。 美味いものを食べて、誰かと話して。祭りの最後は、楽しい気分で──]
(97) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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じゃあ、またな。
(98) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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[ひらり、最後のひとひらが落ちて。光の蝶が群れを成す。淡い光は白んだ空に溶け。
そうして、うすずみさま≠ニ呼ばれた男の姿は、朝日の中に解けて、消えた。]
(99) roki2 2015/04/26(Sun) 01時頃
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