223 豊葦原の花祭
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─伊那の淡墨桜─
[昔むかし。 淡墨桜が、まだただの桜の若木だった頃。すぐに散る桜よりも、花も長く香りのある梅が好まれた時代。
少しばかり色味の珍しいその桜を、大層愛した歌人がいた。 葉桜の夏も、葉も落ちる秋も、木枯らしの冬も、元気か、枯れてはいまいか、また綺麗に咲いてくれるかと。 お節介なほど世話を焼き、飽く迄話し掛け、そうしてよく、詩を詠んでいた。
季節が何周か巡り、桜の幹も太く育ち枝ぶりも大きく、随分立派になった頃。 時節に流され立場も変わり、その地を去ることになった歌人は、桜の若木に『必ず帰る』と身勝手な約束を置いて、そうして二度と帰らなかった。
桜の若木が、歌人が死んだことを知ったのは、彼がその地を去ってから、半世紀も経ってからだった。]
(93) roki 2015/04/26(Sun) 00時半頃
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[ぽたぽたと、花が落ちる。
段々と白み始めた空に、もう夜明けが近いことを知った。 ほんと少しだけ墨を乗せたような、白い桜の花弁。 目の前にひらりと落ちたそれを、小鈴は手のひらでそうと掴まえた。]
……きれい。
[うすずみさま≠フ世話役を仰せつかって、三年。 いつも、この時だけは傍に寄ることを許して貰えない。 木の上に招かれていた者たちも今はそれぞれ地面に降ろされて、見上げた淡墨桜の、下から数えて四番目。一際太い枝に、見慣れた姿が手を広げて立っていた。]
(94) roki 2015/04/26(Sun) 01時頃
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[温い風が容赦なく花を浚って。 枝はもう、深夜の満開が嘘のよう。 その光景は、何度見ても胸の奥が騒ぐ。 いつだって、祭りの終わりはどこか、さみしい。
桜の花さえ咲かなければ、こんな気持ちにはならないんだろうか。 ふと思う。 すぐにそれを打ち消した。だって、この光景を見ないで終わる春なんて、信じたくない。
そうしている間にも、空は白々と明けて。 花祭りの夜が──終わりを、告げる。]
(95) roki 2015/04/26(Sun) 01時頃
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昔むかし。 とある領主の城の庭に、一本の桜の木が献上された。 大変色味の珍しいそれは、傷まぬように人手を多く雇って慎重に移植が行われたという。 さて、その雇われた者の中に、口を利かぬ庭師の男がいた。 彼は出自こそ不明だが、植物の扱いにとても長けていたため、桜を掘り返す際にも大層重宝されていた。 明日にはいよいよ植え替え、というある晩のこと。 件の庭師が、人目を忍んで桜を植える為に掘られた穴へと近付くと、こっそりとその底を一尺ほど掘り進めた。 そうして、柔らかくなった穴の底に抱えてきた箱を埋めると、土を被せて均し、そ知らぬふりで朝を待った。 植樹は無事に終わり、その腕を買われた庭師は仕事を与えられ、ついにはその地に住まうようになる。やがて時が経ち、世代が代わり、庭師の家系はいつしか樹医へと家業を変えていった。
(100) roki 2015/04/26(Sun) 01時頃
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庭師の男は、家庭を持ってもたいそう無口でほとんど口を利かなかったため、桜の木の下に埋められた箱がなんだったのか、知る者はいない。 彼がかつて、世相に流され、ついには故郷に帰れず逝ったとある歌人の付き人であったことも。かつての主が死の間際に、遺骨をある場所に埋めて欲しいと頼んだことも。 箱の上に植えられた桜が、のちに伊那の淡墨桜と呼ばれることも。 誰ひとり、神様ですら知ることの無い、*真実である。*
(101) roki 2015/04/26(Sun) 01時頃
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