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[ 触れる指先を感じることもできません。
貴方の幸せ願うのに、如何して私は彼を、
こうも苦しめてしまっているのでしょうか。]
…… ── ごめん、なさい
[ 巡らせているであろう思考。
並ぶ名に、私は、言葉を失います。
…… 発した音が、届くわけもありませんでしたが。
私は、己の掌を見詰めます。
この手は、誰も救えず、彼の温もりすら、
得ることはできなかったのですから。
情け無さに、くしゃりと顔が歪みました。]
…… 、 いって、らっしゃい。
[ 彼に、付いて行こうと思っていました。
けれど、如何してか、躊躇われてしまうのです。
扉が、ゆっくりと閉まるのを、
私は立ち尽くしたまま、見詰めていたのでした。*]
メモを貼った。
[大人達の様子を見守りながら
眠ったまま、何も知らないわたしは
けれどヴェスパタインはきっと違うと
何処かで感じていた。
他人を信じたいと言う彼を、わたしは信じられると思える。
空のわたしはずっと彼の傍にいた。
優しいお兄さん。
甘さを感じる余裕のなかった林檎の味を、思い出す。
やがて眠ってしまっただろうか。
静か、静かにその隣へ座る。]
──…… アイリスの、お姉さん?
[不思議と変わらず眠気はあって、
微睡んでいればふと人の気配を感じる。
長い髪と微かな光に浮かぶ姿。確かに彼女のもの。
何の用だろう──首傾げ、ぼんやりと眺めているけれど
彼女の行動に、不思議と穏やかでいたわたしの瞳は
たちまち恐怖の色に変わる。]
なに、を………
[届かぬ声。手を伸ばせど触れられず
締め上げられる男の姿を わたしは見ていることしか出来ない。
人の死ぬ瞬間。きっとわたしも、こうして……、
ひやりと汗の伝う心地。
しかし、それでは終わらずに。]
…ひっ………
[捲り上げられた服に入る、刃物が
無機質に 残酷に 響く。
優しいお兄さん は、たちまち深い朱に染まった。
──… やめて、
もうやめて……、
紡ぐ声は音とならず
人であったものは 、肉の欠片に。]
──……ヴェスパ、お兄さん……
[呆然と赤を見つめたまま
女の立ち去ったその跡で男の亡骸に寄り添う。
朱く濡れた身体に、まだ熱はあっただろうか。
頬を伝う雫は、冷たい。*]
[ どれくらい立ち尽くしていたのでしょうか。
私は、ふと、ひとつの考えに至ります。
私の魂がこうしてあるのならば、
他の魂も、何処かに閉じ込められたまま。
何処かで、咽び泣いている魂が、
あるのではないのでしょうか?]
ハナ、 トレイル、 キャサリン ……
[ ぽそりと、名を呟くのです。
私の掌は、まだ、救わねばならぬ者が、
何処かにいるのでは、と。*]
メモを貼った。
メモを貼った。
[僕はなんて愚かなのだろう。
錯乱し、人々を傷つけようとしながら、結局今はローズマリーに支えられなければまともに歩くこともできない。
復讐に燃えるのであれば、きっとやるべきことがあったはずだ。
もっと冷静でいれば、もっと信念があれば、惨劇を止める何かをつかめたかもしれない。
気づくのはいつも後になってから。]
[自室へと向かう階段で、オーレリアの亡骸と対面する。
ああ、また一つ、失われてしまった。
そして、気づく。
人狼は二人、一人はトレイル。彼は死んだという。
ならばオーレリアを襲ったのは?
もう一人の人狼だ。そう、自分ではない、誰か。
男の目からは涙の粒がこぼれただろうか。
悲しみと後悔と、そして安堵。]
ありがとう。
[ローズマリーに、弱々しい感謝の言葉は届いただろうか]
[自室のベッドへ寝かせられれば、意識はすぐに遠のこうとする。
体は石のように重い。
少し休もう。
そして、今度こそ仇を取るのだ。
疑わしき人物に目処はついている。
どんなことをしても、必ず人狼にたどり着いてみせる。
まどろみが男をすっかり飲み込んだ。]
―――――!!
[痛みと苦しみが彼を目覚めさせた。
何かが自分の首を強烈に締め付けている。
首に巻きつくなにかに手をかけたが、すでに力はほとんど入らなくなっていた。
暗闇にぼんやり映る影は、看板娘であった。]
ア・・・・・・リ・・・・・・
[きっと君は、憎悪でもってその殺意を僕に向けているのではないだろう。
一体何が君にそんなことをさせるのか。
ちゃんと向き合ってあげるべきだった、受け止めてあげるべきだった。
彼女もきっと、つい先ほどまでの自分のように、何かの原因があって狂気に飲み込まれているに違いない。
教えてあげなくては、彼女の罪を。
救ってあげなくては、彼女の心を。
伸ばしたその手は、アイリスに届くことはなく、
静かにベッドへと落ちるのだった。]
メモを貼った。
[なるほど、やはり僕には神などいないらしい。
敬虔な信者は天国へ導かれ、罪人は地獄の門へと放り込まれるという。
ここは天国どころか地獄でもない。
さっきまでいた、自分の部屋じゃないか。
死の認識は意外と簡単だった。
目の前に自分がいて、自分を殺した彼女がいる。
彼女はまだ入念に僕を首を絞めているようだ。
その目から涙を流して。]
[それからの出来事はなんだか不思議な気持ちで見ていた。
自分の体が引き裂かれているのは、なんだか痛々しいような、むずかゆいような。
感覚はない、だから他人事のようだ。
今は自分の体よりもアイリスの方が気がかりだった。
ふと見れば、ハナがいる。
魂というのも慣れがあるのだろうか。
もしくは、魂というのはそういうものなのだろうか、いつからいたのかはわからない。
自分は今、彼女より高い位置にいるようだ。
少女は自分の入れ物だった体に寄り添っている。]
ハナちゃん。
[声は出るものだろうか。
どうか届いてほしい。そう願って。]
ハナちゃん!
[叫ぶように彼女の名を思った。]
メモを貼った。
[ 扉を開けることはできません。
けれど、通り抜けることは叶うのでしょう。
廊下へと出て、そろと、進みましょう。
あの夜は、私の他に、
誰か“ 死 ”を迎えたのでしょうか。
ふらりと、私は、院内を歩きましょう。
それに、トレイルと、私は、
話がしたかったのを、憶えています。
彼の姿を求めて、部屋を回ることでしょう。*]
[握ろうと添えた手はじっとり朱に塗れていた。
“守ってくれる”と
触れようと伸ばせどわたしの手に朱がつくことはなくて、
それはふわりと宙を切る。]
…っ、ふぇ……、
ケヴィン、お兄さん……
[すん、と鼻が鳴る。
部屋に踏み入るケヴィンの姿を認めれば、顔を上げた。
熱のない雫に濡れた頬で紡ぐ名は、届かない。
首筋に手を触れる様子を見つめ、続く言葉を耳にする。
ヴェスパのお兄さんは きっと ちがう。
そう、思っていたから、驚くことはなかったけれど
どうして、と
その姿は自分のものより痛ましく、悲しく思えた。]
[男であった亡骸にはシーツを掛けられ、
ケヴィンは部屋をあとにする。
わたしはまた、彼に寄り添う。
まだ乾ききっていない赤の滲むそこに顔を埋めた。
触れた感覚はなくて、きっとわたしの顔に
赤がつくこともないけれど。]
──…… っ、
[そうして、ふと
わたしの名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
もう一度聞きたかった声。寄り添うこの人の、声。
しかしそれはもっと上、座り込むわたしの頭上から。]
──… ヴェスパ お兄さん ?
[弾かれるように顔を上げ、当たりを見回した。
ひとは居ないはずなのに。彼だって、ここに。
けれど振り返った先、探した姿は そこにいた。]
ヴェスパお兄さん……!
[確かに男の姿を見つけたなら、すぐに向き直った。
勢いのままに飛びつく身体は、彼に触れられたか。*]
[ 道中のことでした、ハナの名を呼ぶ声が。
私の耳に、届いたのでしょう。
一室を覗けば、其処にある二人の姿。
…… 彼らは、きっと。
新たなる生を受けることが叶いましょう。
胸を撫で下ろすと同時に、人狼である彼のことが、
やはり脳裏にちらつくのです。]
トレイル、 どこに、
[ ひとつひとつ、部屋を確かめてゆきます。
其処で、私は辿り着くことが、できたでしょうか。
とある、一室。子供の部屋に。
其処に小さく蹲る、大きな子供を、
私は、見つけることができたでしょうか。*]
[いつまでもこの姿は子供部屋にあったから
貴女
その死を聲からは知ることはないけれど、貴女はもう物質に囚われずに場を行き来出来る。
扉を開かず貴女の姿が現れるならば、全てを察するのは容易いことで。]
ああ、……
次はオーレリアだったんだ。
[ただ、それだけを呟くように口にする。
驚きなど、何処にも見当たらない。決して険悪では無かった筈の相手の死を前に、異様な程に静か。
ただ少しだけ哀しげに眉を下げるばかり。昏い、目で。*]
[大きな子供はもう作り笑いすらせずに、ぼんやりと貴女を見ている。
貴女は
[あぁ、届いたんだ。
自らの元へ飛び込む少女をたしかに受け止める。
その身体からは温もりは感じられないけれど、ハナはここにいる。
たとえそれがこの魂の錯覚であったとしても。
そもそも今の光景が幻想だったとしても。]
ハナちゃん。
守ってあげられなくて、ごめん。
[今は少女を力強く抱きしめて。]
[ …… 昏い瞳が、私を見上げました。
如何して、こうなってしまったのでしょうか。
あの日、夢をあかしてくれたあの瞳は、
何処へ置き去りにされてしまったのでしょう。]
トレイ、ル …… 貴方は、
あなたが、キャサリンを、
[ 下がる眉、私は彼の前に跪きましょう。
そして、光を失った瞳の奥から、
トレイルを、探し出そうと、見詰めます。*]
うん。
[見詰められながら
貴女に気付かれていたことにもやはり、驚きは無かった。
ケヴィンが霊能者だった、それを皆に伝えた。それは自分の亡骸の傍に在るだけで知れた事。
また別の手段で知ったなどとは、思いもしないけれど。]
美味しかったさ、我を忘れるくらいには。
[感情の乗らない声が語るのは、確かな事実。
胸の内で自らに繰り返した言い訳は、あの夜の誤魔化しは。
もう、何も要らない。]
[触れようと伸ばした手のように、
飛び入る身体が彼に拒まれることはなかった。
温もりこそ感じられはしないものの、確かな腕の感触。
まるで何も変わってはいないかのような。]
……ひ…っく……ヴェスパ おにいさ、ん…
会えてよかった、よぅ……
[会えた、と言えるだろうか。
居ないもの同士ならばこれも、幻かもしれないけれど
それでも今、わたしの視界に彼がいたのは確かだから。
鼻を啜りながら ぎゅう、と抱きしめ返した。]
[死者となったオーレリアと対話しながらも、耳は別の聲を捉える。
難しい話をするんだな、なんて随分他人事。
だって俺はもう死んでいるから。
何もかもが今や関係がなくて、少しだけ聞いていて虚しくもある。
そして、その会話からは仲間に迫る危機なんて、気付けなかった。*]
[抱きしめる身体に思う。
こんなにも小さく一生懸命な命が失われてしまったのか。
改めて思う、少女の死の切なさを。
帰りを待つ人々のいる、少女の命を重さを。]
ハナちゃん、怖かったよね。
苦しかったよね、痛かったよね。
僕が代わってあげられれば、どんなに良かったことか。
本当に、悔しい。
[今は涙は出ないけれど、悲しみは深く深く。]
[ すんなりと彼は、肯定しました。
… なぜ、どうして、なにがあったの。
向けたいと思う言葉は、幾らでもあります。
淡々と述べる言葉に、私は、]
─── …… ッ
[ …… 大きく頬を、叩くのでした。
じわりと、瞳が滲みます。
あなたは、本当にそれでいいの、
あなたは、本当は、…… 問い質したくとも、
何も言葉に乗せられませんでした。]
[ 彼が、別の聲に耳を傾けていようと、
私には関係ありませんでした。
あの日のように、ただ、この腕の中に、
収めるように、抱き締める、だけ。*]
[ 全てを包み込むような、大きな背 ──
彼が向かう先は、果たして。
何かを感じ取るように、
はじかれるように、
…… 私は、顔をあげました。]
…… ── ケヴィン 、
[ 唇を噛み締めて、かれの名を紡ぎます。
あなたは、しあわせに、なって。
あなたは、]
[いたわる言葉にじわり、と
熱もなく眸が潤むのを感じた。
ふるふると言葉も無く首をふり、
顔埋めては抱きしめる力を強める。]
……ううん、へいき よ
…わたし、何も出来なかった……の…
おにいさん、が……酷いこと、されてるの
見てただけ、で、触れられなくて……
[言葉にすれば、もどかしさは募るばかり。
流れる雫はきっと感じられはしないけれど
ごめんね、を 同じようにわたしも口にした。*]
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