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―その夜―
[容が夜へと溶け込んでいく
その背が消えたのを確認すると、物陰から姿を現した
選んだのは、容が儀式の見届け人の任
もし、この夜までにリツと話す機会があるならば、
今宵は哨戒の役目を果たせぬことを詫びていたことだろう
理由は包み隠さず話したはずだ
巫女直々の命により、見届け人を託されたのだと
役目は、あくまで見届け人
だから、執行者である容の前には現れない
その執行を妨げられる事態が、起こらない限り*]
―最期の夜―
[容の姿が見えなくなり、消えた方面に向かおうとした時、
声をかけてきたミナカタ>>*5に気がついた
日中もそうだった
見回りのことは誰かから聞いているようだ]
無理のできる歳ではありませんが、
できる限りのことはやっておきたいんですよ
ミナカタさんこそ、こんな時間にどうされたんですか?
[容の判断が正しければ、無理は、今日で終わるはず
だからそう問い返して、帰ってきた言葉>>*6に苦笑した]
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なにを仰るのかと思ったら……
本当に、しっかりされてください
阿呆の子のままでは、いけませんよ
[二十幾つも上の女に、冗談なのだろうとは思っても、
微笑まし姿に、緊張の糸もふわりと揺るぐ
きっと、彼なりに気を使っているのだろう
籠の薬草に目をやりながらも、それでも、と横に首を振る]
お気持ちは、本当にありがとうございます
ですが、私にはやらなければならないことが、ありますから
[ミナカタに礼をしながら、思う
たった一言で
あの夜、ミナカタに問おうとした
『それを言われた私が、今どう感じているか分かりますか』
といった、皮肉交じりのものだったはずだ
分かるはずがない、どうせ異界のこの村で死ぬのだと、
投げやりのような答えを返した
あの時に飲み込まずに問いかけていれば、
もう少しだけ、話を続けることができたら、
案外、違いを乗り越えて分かりあえる相手だったのかもしれない
もっとも、それ以上を想像するには、
錠の言葉
『後10年遅く生まれていれば』の仮定も、
付け加わっては、いただろうけれど]
それでは、失礼いたします
[温かさを感じた対応に、あてられてしまったのだろう
ずいぶんと過去を振り返った後、
そう言って、先へ進もうとミナカタに背を向けた瞬間
喉元を絞める、強い圧迫に襲われた]
[息ができない
血管が膨張し、顔に燃えるような熱がこもっていくのを感じる
ふわりと、背後に浮き上がる体
とっさに、何かにつかまらなければと思い、
手を振りまわし、足をばたつかせたけれど、
なぜ、そう思ったのかは、自分でも分からない
絞められている 殺されようとしている
そう気づくのに時間がかかった
相手は誰だ この背中だ
この背中は――――見ずともわかる、ミナカタだ]
[ミナカタだ 下手人なのか
いや、今それはどうでもいい
苦しい 確かなこと 抵抗しなければ殺される]
『江津子さん、江津子さん。
俺はあんた嫌いじゃなかったよ。』
[酸欠に震える指で、鉈の柄をなんとか掴む
視界が赤い なぜ赤くなる
なんで抜けない こんなに長い]
『母親の匂いがして嫌いじゃなかった。
俺の仔を生んでくれてありがとう。
でもそれはこの村で産んじゃいけなかった。』
[抜けた 斬らなければ でもどうやって
容さんのことを言っている 礼を言うのにいけないってなに
そうだ 上から 肩を超えて背面を斬りつける
振るう 振るう 2度 3度]
『俺の仔なら、よその世界で産まれなきゃ。
あれは俺の罪だ。
責任は取るから安心してくれ。』
[当たっているのか、分からない あの子は決して罪じゃない
ただ、こんな体制からじゃ、軽傷を負わす程度しかできない
私は、責任を放棄した 託して逃げた
目が痛い 飛び出そう
そうだ、この縄を――――]
『この村じゃなかったら、俺は江津子さんを殺さなかった。』
[腕はもう動かない 背中の体温も感じない
すべての感覚が閉ざされていく中、
最期に、聴覚だけが残っている]
『でも変えられない。』
[――――変えたかったんですか
闇に溶けて行った容
そんな無意味な思考もやがては潰え、
最期の感覚が、消え去った――――*]
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豚に食べられている**
メモを貼った。
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まだ、豚に食べられている**
―― 最期 ――
……あ、
[からん、と櫻子の脳髄を掬った匙を床に落とす。
胸を押さえる。苦しい。頭が真っ白になる。
どこか遠くで志乃の笑い声を聞いた気がした。
気付いたときには、顔面を思い切り蹴られ、
無様に床に転がっていた。
痛みさえ、もう、感じない]
ちが……わた……
[私の言葉は、形を結ぶことはない。
志乃の台詞を否定しようにも、唇が震えて、
掠れた囁きしか漏らすことができなかった]
[不意に、身体が軽くなる。温かな感触。
あれほど焦がれた父に抱かれていることに気付くのに
しばしの時間を要した。
父の問いが、私の耳朶を優しくくすぐった。
首肯しようにも、もう指一本動かすことができない]
……とう……さ……、
[つ、と一筋の涙が頬を伝う。
父の期待に応えることができなかった。
姉の自慢の妹でいることはできなかった。
――自分は、出来損ないの巫女であった]
[寒くて、つらくて、悔しくて、悲しくて、寂しくて。
でも、その事実は覆しようがなくって。
涙は止まることがない。
今はただ、父の温かさに縋りたかった。
幼子のように親のぬくもりを求め、
最後の力を振り絞り、冷えつつある唇を震わせた]
……わた……、と……よか、
[喉から漏れる細い息にも似たその囁きは、
父の耳に届いたかは分からない。
けれど、伝えなければならなかったのだ。
私が再び生まれ変われるかは分からない。
だからどうしても、死ぬ前に、今伝えなければ。
そっと瞳を閉じる。
父のぬくもりを感じながら、私は意識を手放した]
(――私は、父さんの娘に生まれて、良かった*)
―― 風 ――
[びゅうびゅうと、肌に突き刺すような鋭い風が
音を立てて村を駆け巡るのでございます]
許さない。
赦さない。
ユルサナイ。
ゆるさない。
[巫女の怨嗟は風となって、吹きすさびます。
きっとその声が、誰かの耳に届くことはないでしょう]
[不意に、その風が形を結びます。
そこにいたのは黒衣の巫女でございました。
彼女は自分自身を弔っているのです。
瞳から血の涙を流しながら、
乾いた唇から漏れるのは怨嗟の言葉。
幽鬼のごとき形相で、
自分を殺めた生者の女に囁くのでございます
……私がニセモノ?
あははははは、おかしい。
そう信じたいだけなのね。可哀相な志乃。
[その艶めかしい指先が、志乃の頬をなぞります]
[生前の慈悲深き姿は其処にはなく
ただ呪いを吐き続ける悪霊がありました]
あなたが普通に死ねると思わないことね。
のろってやる、のろってやる、のろってやる。
祟り続けて呪い殺してやる。
死した魂すら輪廻転生させてやるものか。
絶対に、ゆるさない――……
[そうして吹きすさぶ風に、巫女の声は溶けてゆき
やがてその姿は霧散したのでございます*]
―― 光 ――
ねえ、どうして姉さんは
そんなに怖いお顔をしているの?
[
その少女の姿は、誰の目に映ることもありません。
巫女になる前のゆりの姿。
姉とふたりでひとつだった頃。
人生でいちばん幸せだったときのうつしみ。
そして今は過ぎ去りし残像。
くるくると少女は表情を変えながら、
届かない言葉を姉に送り続けるのです]
おかしな姉さん。
何をそんなに怒っているのかしら。
何をそんなに悲しんでいるのかしら。
姉さんは笑っているのがいちばんだわ。
だって巫女さまはいつも笑っているものでしょう?
[その声は、何も知らぬ少女そのもので]
私は、姉さんの笑顔が好きだわ。
[向日葵のような笑顔は誰に届くこともなく、
そして風に吹かれるがまま
光のように一瞬で霧散するのです**]
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―― 風 ――
ああ、どこにいるのかしら。
ずっと探しているのに。
私の可愛い可愛い櫻子――……
[風が村に吹きすさびます。
そこに混じるのは子を探す母の声。
慈悲深き女の声**]
メモを貼った。
― ―
『……次の者、前へ』
――――――――はい
『お主の名は、テ…………
??テレジア?? 加藤 江津子だと?』
――――――――はい
『……内議に入る故、沙汰があるまで、
いったん、ちょっと戻っておれ』
――――――――――――えっ
― ―
―夜/豚小屋―
[気がつくと この場所に立ちすくみ、
豚に貪られる自分の亡骸を見つめていた
荒い鼻息と咀嚼音に埋もれながら、
抜け殻となった自分の体が、家畜に押される度に、
ゆさり、ゆさりと小さく揺れている]
……運命の時が、訪れたのですね
[自分が死んでいることは理解できた
ミナカタに殺されたことも、覚えていた
その後、一瞬、妙な光景に触れたような気もするけれど、
それはきっと、ただの幻覚だったのだろう
自分は死んで、異なるものとして今ここに――――]
容さん ご無事でしょうか
[今すぐ、任に戻り探さなければと思った
ゆりにも、命の失敗を告げるとともに、
ミナカタという脅威がいることを報告しなければならない
若いリツは、今、どうしていることだろう
血気盛んな彼
彼に身にも危険が及ぶのかもしれない
ですが、きっともう、何もできないんですよね
[貪られていく肉体が、それを証明している
きっともう、何かを伝えることも、
誰かと触れ合うことも、できないのだろう、と]
ごゆっくり、お召し上がりください
[豚たちにそう告げて、小屋の隅に座り込む
これが敬意>>*15だとは思わなかったが、
今さらじたばたと足掻いたところで、
何かが変わるとも、思えない
ただ、これから先を生きる者たちに、祈りを捧げる]
みなさん、どうかご無事で
[体から離れることも、不思議とできず
だから、せめてこの言葉と共に両手を組み、
1人、長い、長い夜を過ごしたのだった*]
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―翌朝/豚小屋―
[朝日が差し込み、辺りが明るくなってから、
どれほど経った頃だろう
昨夜からまだなお続く豚の貪食っぷりに、
さすがに恐怖すらを感じはじめてきた頃、
人の気配を感じ、すくりと立ち上がった]
おはようございます 進さん
どうなんでしょうか……
私も、まだその段階まで行っていないようなので……
[返ってくる……というよりも、
一方的に告げられたような言葉に、苦笑する]
いえ、お応えはしているんですが、
届いてはいないようなんです
[言葉は失った様子だったけれど、
話す内容から、彼が常ならぬ存在なのだろう、
ということは感じ取れた
昨夜、容はミナカタの方へ向かおうとしたとは思えない
もしかしたら、下手人として儀式の対象となったのは、
彼だったのかもしれない]
進さん 御髪(おぐし)が少し、乱れておりますよ
昨夜、寝方が悪かった
[そう告げてみたけれど、結局応えは返ってこなくて、
自分を運ぶために人を呼びに行く後姿
苦笑のままで、見送ったのだった*]
―翌朝/集会所への道中―
丞さん、お手数かけます
せめて、食べられる部分だけでも召し上がって、
精をつけてくださいね
リツさんも、昨夜は危なくなかったですか
ご無事で安心しました ありがとうございます
[丞
集会所へと向かう自分を、とぼとぼと追いかける
リツについては、自宅に帰っていたこと
やや、見当はずれな言葉をかけてしまっていたかもしれない
歩き、進んでいく最中、
ふと、自分を追いかける視線に気がついた]
……こういうことだったんですね
[視線の主は、道端にお座りしていた猫
あの時、ちょっとした交流
おかしいとは思っていたんです
たまぁに、宙を見ていたり
何もないのに、ぼんやり視線を巡らしていたり
[小さく手を振って微笑むと、
猫が立ち上がり、追いかけてくるのが見えた]
追ってこられても、なにもございませんよ
今日は、卵もありません
体だって、ないんですから
[ごきげんよう、と一礼をすれば、
そのまま前を向いて、先行く躯をおいかけた*]
―集会所/2つの遺体―
ゆり様…………
[この場に行き着けば、全てを知ることができただろう
ゆりが志乃に殺害されたこと
弔いも困難な毒を服まれたこと]
残念でなりません
巫女様として、立ち続ける覚悟をお持ちでしたのに
[昨日、初めて垣間みることができた姿を思い出す
人を超越した神の代行者としてではなくて、
1人の女として立ち向かっていた姿
これで、彼女から受けた命の内容
知る2人が死した今、誰も知ることはないだろう
その裏側に合った気持ち
死者が、死者にというのもおかしなものだけれど、
せめて、黙祷を捧げようとした時――――]
[容のいるあたり
つぶりかけた目を一度見開き、
再び、ゆっくりと細めていく
目には映らない
届くこともない
ただ、そこで起きた光
今度こそゆっくりと、瞑目したのだった*]
―丞の傍で―
[丞の手により、第八車で豚が運ばれてくる
肉切り包丁が振るわれて、自分の体も、豚の体も、
薄く切られて焼かれていく
その様子を見つめながら、少しくすぐったそうに呟いた]
生きている頃は、おいしそうとか言われるのは、
とても、嫌だったんです
私は、食べ物じゃないんだから、と
死んでもいないのに、なんで食べる想定をしてくるのか、と
[炊かれた米と、もう誰にものかも分からない、
葉野菜に乗った焼けた肉の香りを鼻で味わう]
ですが、不思議ですね
いざこうしてなってみると、私を食べた豚さんには、
負けたくないなと思ってしまいます
[丞が肉を口に含む、今口にしたのはどちらだろうか]
私と豚さんと、どちらが美味しいですか
[返ってくるのは簡素な言葉
そうですか と微笑みを送る
『料理にかける時間も気持ちも、作る方の命の一部』
かつて容に向けた言葉
ありがとうございました*
[丞の傍らで、語り掛けていた後で、
ミナカタが姿を現した
……小指、ですか?
[自身を殺した男
分からないことをずっと話しかけながら、首を絞め続けた男
あの苦しみは、忘れていない
きっとこの先も、忘れない]
――――どうぞ
[けれど、それがなんだと言うのだ
かつて言われていた部位
丞がその場所を示すなら
異論がなければ、いいですよ
輪廻の流れに とらわれて
運命(さだめ)の時を迎えたんですから* *
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